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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第104章
(お兄ちゃんに怒鳴られたの、ヴィヴィ、初めてかも……)
そう。
匠海は小さな頃から、優しくて落ち着いていて。
悪い事をしたら叱るけれど、叱った理由をちゃんと説明してくれる、出来た兄だった。
だからヴィヴィの記憶の中では、兄の怒鳴り声を聞いたのは、今日が初めてだった。
きっと、怒鳴ってしまった本人が一番、そんな自分に嫌気がさしているのではないだろうか――。
「……ごめんなさい」
ヴィヴィは二重の意味で謝った。
匠海に嫉妬を覚えさせてしまった事と、怒鳴らなければならない程、不快な気分にさせてしまった事を。
(アレックスは、ずっと一緒で……、幼馴染で……兄弟みたいなものだと、思ってたから……)
そのヴィヴィの女として甘い認識と “異常に恋愛事に鈍感” と揶揄される自分の鈍さが、このような事態を招いてしまったのだろう。
「……悪い……」
低く掠れたその声に、いつの間にか俯いてしまっていた顔を上げれば、背中を向けたままの匠海が、大きな掌でくしゃりと黒髪を掻き上げていて。
「はぁ……」と大きく吐き出された兄の溜め息が、この上なく後悔を含んだものに聞こえた。
ヴィヴィはベッドの上に膝立ちになると、細い両腕を兄の首へと回してその広い背中に縋り付いた。
「……ヴィヴィは、お兄ちゃんだけ、だよ?」
ぴったりとくっつけたドレス越しのささやかな胸も、この頼りない細い腕も、愛を囁くか下らない事を言うしか能の無い貧相な唇も、兄の言動に一喜一憂するこの心も――ヴィヴィの全ては、兄で恋人の匠海のもの。
「………………」
何も返事を寄越さない兄に、ヴィヴィはまた心を籠めて言葉を贈る。
言葉を重ねて誠意をみせて、兄の不安を解消する。
その方法しか、ヴィヴィは知らないから。
「ヴィヴィは、お兄ちゃんだけを、男の人として愛しているの」
そう本心を伝えれば、
「……ああ……」
匠海はやっと、その短い相槌を返してくれた。
触れ合った背中越しに胸にまで響いてくる兄の声に、ヴィヴィは少しホッとして続けた。
「ごめんなさい……。不安にさせるような事して」