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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第106章
まるで早まっていく鼓動の様に、クリスがチェロのボディーを指先で叩く、静かな音が加速していき。
そして匠海が奏で始めたのは、聞き覚えのある拍子。
「あ……、これ、マイケル=ジャクソン、の……?」
隣に立っていたフランス人留学生、ブリちゃんの声に、ヴィヴィは振り向く事無く静かに頷く。
兄達が競うように演奏し始めたのは、2CELLOSの『Smooth Criminal』――言わずもがなの、マイケル=ジャクソンのヒット曲だ。
そして、クリスの2シーズン前の、エキシビション・ナンバーでもある。
実は――受験の真っ最中、人知れずストレスを溜め込んでいたクリスを、匠海はあの手この手で解消させていた。
と言っても、感情を表に出すのが不得手な弟に、兄がちょっかい出しまくって――だが。
取っ組み合いのケンカならぬ、取っ組み合いのレスリングごっこ。
そして、互いにチェロを好む兄達が行き着いたのは、2台のチェロによる喧嘩だった。
正直なところ、ヴィヴィは何も知らなかったが。
ただ、兄達の執事2人は「「ああ、またじゃれ合っていらっしゃる……」」と、兄弟を微笑ましく見守っていたのだった。
互いに何度も入れ替わる、リズムと主旋律。
本来の2CELLOSは、カーボン・チェロ(カーボンファイバーを樹脂で固めたもの)で、メタリックな音が特徴的だが、2人は普通のチェロで奏でていて。
「私、こっちのが、好きっ」
ブリちゃんの隣、センス良く着飾った円が小声でそう囁いたのに、ヴィヴィも同意見だった。
チェロは周波数が人声に近く “最も人間の声に近い音を出す楽器” と言われている。
そしてその大きな楽器の形も、中世に女性の躰形を元に作られたとも言われており、ヴィヴィも本当にそう思っている。
2人の演奏法は2CELLOSを下敷きにしてはいるが、オーソドックスなチェロ本来の響きも重視した、とても聴き応えのあるものだった。
約4分の激しい曲を弾き終えた2人の弓は、馬の尻尾で作られた弓毛が激しく消耗して切れまくっており、匠海はそれを見て苦笑していた。
そして、客からは興奮した声と口笛、大きな拍手が贈られていた。