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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第106章
難曲中の難曲とまで言われるこの曲の中で、第1楽章は一番人気のある楽章。
曲の素晴らしさもさる事ながら、その超絶技巧には吸引力があり、魅了される者は少なくない。
この1ヶ月、ピアノ講師とうんうん唸りながら、掌が小さめのヴィヴィでも弾き易い運指を完成させたばかりだった。
通常、ピアノ譜は2段(右手と左手と1段ずつ五線が引かれている)だが、この曲は3段譜が当たり前で、時に4段譜が出てくる、まさに演奏者泣かせの曲。
両手で和音を軽快に弾き鳴らすと、防音室には一気に明るい雰囲気が出来上がる。
爪を立てて2本の指でグリッサンド(鍵盤を撫でて滑らせる奏法)を挟み、曲は更に鮮やかに展開していく。
♪シドレ~ミレドシ、ラッラッシ~、シドレミレ~ドシ、ラッラッシ~♪
という主題を何通りも繰り返す特徴的な曲に、皆が聞き入っているのがヴィヴィにも伝わってきた。
実のところヴィヴィとクリスは、初等部低学年の時にバレエの発表会でこの “ロシアの踊り” をもう1人の男子と踊った事があった。
魔術師によって命を吹き込まれた3体の藁人形――ペトルーシュカ(クリス)、バレリーナ(ヴィヴィ)、荒くれ者のムーア人の3体が、断食期間の直前で大勢の人間でごった返す市場の真ん中で、ロシア風のダンスを踊りだす。
曲中の特徴的なリズムは、藁人形達のぎこちない踊りを表している。
どこかコミカルな曲想に、ヴィヴィは頭の中でバレリーナの “人形そのものの踊り” を思い浮かべながら奏でていく。
曲調の激しい部分ではヴィヴィの華奢な身体は上下に弾み、オフショルダーのドレスの背には薄い肩甲骨が浮き上がり、いかにこの曲が弾き熟すのに困難かを物語っていた。
最後のfffの重和音が響く中、防音室には大きな拍手が巻き起こった。
「凄いすごいっ!! ヴィヴィって、こんなに弾けるんだっ!?」
第一声そう叫んだのは、円で。
その隣で瞳を真ん丸にして頷いているのは、兄の太一。
BSTの同窓生達はというと、
「俺、ずっとヴィヴィの指見てたけど、早過ぎて分かんなかった……」
「私はスコア見てたけど……、すぐに見失った……」
皆が様々な楽器を習っていたので、楽しんで貰えた様だった。