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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第106章
「セルゲイ=スミノフ です。初めまして」
栗色の美しい髪をさらりと揺らしながら、流暢な英語と共に、その人は軽く会釈をした。
本郷キャンパスの安田講堂の裏、理学部一号館にあるドトールのテラスで、双子と円はセルゲイと対面した。
30歳のウクライナ人。
母国語がロシア語で、ロシアの大学で経済学を学び修士課程を経て、篠宮の英国支社で働き始めた。
そして今年になって日本本社に転勤になり、東京に住み始めたという。
それはさておき――、
何故そのセルゲイと3人がこの場に居るかというと、話は4ヶ月前に遡る。
3人が受験戦争まっしぐらだったお正月、東大の第二外国語の選択をどうするか、という話をしていた。
結局「3人でロシア人家庭教師を雇おう」という事になり、双子は執事の朝比奈にその人選を任そうとしたのだが。
「お前達と円ちゃんを任せる人物だぞ? 篠宮の家にも出入りさせるのだろうし、何処の馬の骨とも判らない輩に、家庭教師なんか任せられるか」
その匠海の鶴の一声で、身元のしっかりしたセルゲイに白羽の矢が立った。
「篠宮 クリスです。ロシア語は挨拶と単語くらいしか解りません」
「えっと篠宮 ヴィクトリアです。クリスと同じレベルで、ロシア語駄目です」
双子は揃って、セルゲイに自己紹介した。
ヴィヴィの隣に腰掛けた円の自己紹介を、カプチーノに口付けながら待っていたのだが。
「…………? マドカ?」
いつまで経っても口を開こうとしない円に、ヴィヴィはひょいと身を乗り出し、その顔を覗き込む。
「え? ……あ……、ご、ごめんっ えっと……、真行寺 円です。ろ、ロシア語……、死ぬ気で頑張ります――っ!!!」
(し、死ぬ気……?)
両拳を握り締めてそう発した円に、ヴィヴィは心の中で首を捻った。
「ははっ 面白い子だね、真行寺サンは!」
爽やかに笑ったセルゲイに、円はテーブルに身を乗り出して続ける。
「ま、マドカって呼んで下さい! みんな、そう呼ぶんで!」
「分かったよ、マドカ。みんなも僕の事はセルゲイって呼んでくれると、嬉しいよ」
すっと通った鼻筋の根本、彫りの深い眉の下で垂れ目気味の瞳が細められた。