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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第26章
「あ、出てきた」
高原がそう言って顔を向けた先に、ヴィヴィもつられて視線を向ける。
鹿毛(かげ)と呼ばれる茶褐色の毛並のサラブレッドに跨った匠海が、馬場へと出てきていた。近くにいた部員と一言二言話すと、馬を走らせる。
「東桑(とうそう)っていうんだ。うちのエース」
「綺麗な子ですね……」
高原の説明にヴィヴィはそう返したが、心の中は別のものに対して震え始めていた。
(お兄ちゃん……綺麗……)
目の前の木の柵をぎゅっと握りしめる。
常歩、速歩、駈歩と徐々にスピードを上げていく。しかしその騎乗姿は乱れたところが一切ない。すっと伸ばされた姿勢に、いつもより静かな色を湛えた灰色の瞳。
ヴィヴィの脳裏にふと昔の思い出が蘇る。
高校生の匠海はまだ今のように大人の身体は出来上がっておらず、華奢なほうだった。普段は少年と青年の狭間の危うさを醸し出し、思春期特有の不安定な時期もあった匠海が、黒の燕尾服に身を包み疾走する姿は何故か他を寄せ付けない潔癖さを醸し出していた。
乗馬服がそう見せるのかもしれない。
燕尾服の下は白シャツに白ネクタイ、白いパンツに黒い長靴(ちょうか)を身を包み黒いヘルメットを被った匠海は、凛として貴公子のように素敵だった。その貴公子は乗馬の腕も抜群で、様々な障害をいともたやすくひらりと飛び越えてしまうのだ。
試合直後に匠海の傍へと駆け寄り、興奮のあまり抱き着こうとしたヴィヴィは、
「馬に蹴られるから近寄るな」
と匠海によく窘められていたものだ。
けれどある日――まだ小学生だったヴィヴィは匠海のその態度にすぐに拗ねて膨れてしまった。文字通り頬をずっと膨らませたままのヴィヴィは、観客席で家族にほっぺを突かれたり散々からかわれたりですっかりへそを曲げていた。
(ヴィヴィのこと相手にしてくれないお兄ちゃんなんて……乗馬してるお兄ちゃんなんて……嫌い――)
末っ子で甘やかされて育てられたヴィヴィは、心の中でとんでもないことを思っていた。けれどそんな気持ちはすぐに吹っ飛ぶ。
表彰式を終えた匠海がヴィヴィの元へやって来てピカピカのメダルをその細い首に掛けると、軽々とその腕に抱き上げてくれたのだ。