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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第27章
「ヴィ……っ、ヴィヴィ! 車買って~! とか言うかもしれないよっ?」
ヴィヴィは目の前の匠海のシャツの袖を握りしめて、焦ったように言い募る。匠海は事の重大性を分かっていなさすぎる。
「あはは。給料溜まるまで数年かかるかもしれないけれど、ヴィヴィが欲しいんだったら買ってあげるよ」
「………………」
そう言ってからっと笑い飛ばした匠海に、ヴィヴィはぽかんと口を開けて絶句した。
(普通……車……買ってあげる? ただの妹に……)
確かに篠宮家は裕福だと思う。まだ高校生のヴィヴィ達でも、一目見ただけでは桁が解らない位の残高がある口座をそれぞれ持たされている――まあ、ほとんど使ったことはないが。匠海はきっとそれ以上だろう。けれど――。
ぱちくりと目を開いて匠海を見上げるヴィヴィの脳裏に、ある言葉が浮かび上がる。その言葉を、ヴィヴィは何も考えずに舌に乗せて発してしまった。
「お兄ちゃんって……もしかして、シスコン……?」
「………………はぁ?」
いきなり実の妹にシスコン呼ばわりされた匠海は、一瞬間をおいて少し苛立ちを含んだような声を上げた。そして形の良い唇から、はぁ~~~っと盛大な溜め息を零す。
「ヴィヴィさあ……シスコンとかブラコンとか、そういう言葉を使うな。和製英語だぞ? つまり、英国なんかではそういう概念さえも無いんだ。家族を愛するのは、当たり前のことだろう?」
確かに。
欧米人は(例外もいるだろうが)家族に対して、親愛の情を口に出したり態度に出したりするのは日常の事だ。それを恥ずかしいと思う事のほうがおかしいとされる。けれど日本を始めとする東洋人は(こちらも例外はいるだろうが)シャイで、家族への愛情をめったに言動で示さない。
なので、一部の人間が「私、弟大好きだもん!」と口外すれば、周りに『ブラコン』などと囃し立てられてしまうのだろう。
「そりゃあ、そうだけれど……」
(欧米では、妹が「車買って?」っておねだりしたら、兄は買ってくれるのかな?)
なんだか話が横道に逸れているが、ヴィヴィはそれに気づかず首を捻る。
「ほら。馬鹿なことばっかり言ってないで、とっとと髪を乾かして寝なさい」
匠海はそう言って不毛な会話を打ち切ると、ヴィヴィを強引にソファーから立ち上がらせて部屋から追い出した。