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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第107章
防音室に着き、金色のトランペットを弄り始めたクリス。
ヴィヴィは「ど・ち・ら・に・し・よ・うっ かな~っ♪」と調子はずれに歌いながら、ヴァイオリンを選び。
ピアノのA(ラ)の音とヴァイオリンのA線の調弦(チューニング)を行い、他の3弦を和音で調弦し始める。
その独特な和音に、トランペットのマウスピースから唇を離したクリスが、くるりとこちらを振り向いた。
「『死の舞踏』……?」
「え? あ、うん……。全然、練習してなくって」
へらっと笑ってみせたヴィヴィに、クリスは「忙しかったし、ね……」とフォローを入れてくれた。
4本ある弦の調弦を終えたヴィヴィは、譜面を見下ろしながら細い顎と肩の間にヴァイオリンを構える。
カミーユ・サン=サーンス作曲、交響詩『死の舞踏』。
双子がTHE ICE2021で、双子プログラムを披露する曲だ。
その独奏ヴァイオリンの譜面を見つめながら、ヴィヴィは右手の弓を引き降ろす。
身体に馴染むヴァイオリンのボディー ――その表板の中程に配された2つのf孔から響くのは、まるで気でも狂ったかの様な不協和音。
その左指は黒い指板には置かれておらず、全くの開放弦で奏でられる。
冒頭の8小節ばかり、何度も何度も繰り返し弾き直す。
(ん~~、もっと響かせたいぞ……)
アクセント表記をテヌートで奏でてみたり、スタッカートを少し長めに調整してみたり。
試行錯誤を繰り返していると、頭の上にぽんと大きな掌が置かれた。
驚いて振り向いた背後には、いつの間に防音室の入って来ていたのか――匠海が立っていた。
「ヴィヴィ、それ、伴奏してやるよ」
「え……、ほんと?」
兄の申し出に、ヴィヴィは嬉しそうに灰色の瞳を輝かす。
『死の舞踏』には幾通りかの版が存在する。
オーケストラ版、2台のピアノ版、ピアノ伴奏の歌曲、そしてヴァイオリン & ピアノ版……等々。
匠海が暇な時間に一緒に弾いて欲しいなと思い、ヴィヴィはヴァイオリン & ピアノ版のスコアを、あらかじめ(朝比奈にお願いして)手配していた。
嬉々として兄にピアノ譜を手渡すヴィヴィに、
「ただし……、譜読みの時間を、10分くれ……」
そうぼそっと呟いた匠海は、若干自信無さ気に肩を竦めてみせた。