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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第107章
「え……? ピアノ、ですか?」
まさかの申し出に、ウェイターは驚いた表情を浮かべ、困った様にフロアの奥に視線を移す。
その時、ちょうどキッチンから出て来たのは、このリストランテのシェフだった。
昨夜、テーブルまで挨拶に来てくれた年配のシェフは、2卵生双生児なのにそっくりな双子を覚えていたらしく。
「やあ! 昨日は我リストランテへ来てくれて、ありがとう。何か、忘れ物かい?」
白い口髭がよく似合うシェフは、相好を崩して双子を出迎えてくれた。
「昨日はご馳走様でした。とても美味しかったです、ペスカトーレ! あの、少しでいいので、ピアノを弾かせて貰えませんか?」
にっこり微笑んだヴィヴィは、臆する事無く要件を伝える。
「ピアノ? ああ、もちろんいいよ。なに? “猫踏んじゃった” でも弾いてくれるのかい?」
そうからかいながらも了承してくれたシェフに、ヴィヴィは「そんなとこ、です」と嬉しそうに微笑んだ。
「ヴィヴィ……? 一体……」
妹の一連の行動が読めないクリスは、不思議そうにヴィヴィに尋ねてくる。
ヴィヴィはその手を引いてピアノまで連れて行き、長方形の椅子の右側にクリスを座らせ、自分は左側に腰掛ける。
鍵盤に細い掌を乗せたヴィヴィは、クリスの視線をそこに感じながら、5本の指を動かす。
ドレミファ#ソ。
たったその5音を聴いただけで、クリスはヴィヴィの求めているものを感じ取っていた。
右側の高音域で、それを繰り返して見せるヴィヴィ。
クリスの骨ばった右掌が伸びてきて、妹が弾いて見せた通りの音階をなぞる。
数度それを繰り返すクリスに、ヴィヴィはそっと囁く。
「もっと、レガート(滑らか)に……」
妹のその言葉に、灰色の瞳を真ん丸にさせたクリス。
しかしその直後、「ふ……っ」と息だけで笑い。
右手はそのままに空いた左手を、ヴィヴィが腰掛けた後ろに着いて密着してきた。
ドレミファ#ソ。
クリスの奏でる高音域のそれは、繊細で、透明で、硝子細工の如き儚さだった――そう、彼の自身の様に。
そのすぐ隣の鍵盤に両手を乗せたヴィヴィは、「せ~の……」と囁いて、クリスと一緒に曲を紡いでいく。