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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第108章
シャネルの衣装デザインが上がってきてから、数えられない程の打ち合わせと改良を重ね、やっと完成した衣装。
黒地に灰色で浮かび上がった、カレイドスコープ(万華鏡)の幾何学的な模様。
円形を模ったそれらをあしらった上半身は、その袖先に行くにしたがって、タトゥーの様に肌に浮かび上がる、凝ったもの。
下はシンプルな黒のパンツだが、その腰の位置には、白線で蔦が描かれ。
それはクリスの腰に絡み付いた後、太ももまで伸びていた。
「…………っ すご……っ」
思わずヴィヴィが掌の中に吐き出したのは、練習とは明らかに違う、双子の兄の演技に対してもの。
氷の上のクリスは、まるでストラヴィンスキーが乗り移ったかのよう。
周囲の評価が得られず、進まぬ作曲に苦悩し。
パトロンのシャネルとの不倫関係に、没頭していたかと思えば。
『春の祭典』の “生贄” を憑依させ。
7拍子や8拍子という複雑怪奇な変拍子を、いとも簡単に捉え、捻じ伏せていく。
最高潮まで張り詰めたオーケストラは、ぴたりと止み。
その後に響くのは、春の祭典のイントロ――リトアニア民謡をなぞった、どこか たどたどしいピアノの音色。
それは、クリスが片手で弾き、収録したもの。
静かにフィニッシュポーズを取る双子の兄に、ヴィヴィは周りの観客に負けるものかと、両手が痛くなるほど大きな拍手を贈った。
そしてその時になって初めて、クリスが「どうしても、衣装に万華鏡を用いたい」とこだわった理由が解った気がした。
幾つもの微細なピースが創り上げる万華鏡の模様は、一つとして同じものを描き出さない。
自分達も同じ。
同じプログラムを滑っていても、その時の身体と心のコンディション、リンクの状態や置かれた環境で、毎度同じものを滑れる訳でないから
一瞬一瞬を大事にして、次は更に自分の求める理想に近付ける――その努力を怠らない精神。
(やっぱり、クリスには敵わない……)
おこがましいかも知れないが、ヴィヴィは「ライバルは誰?」と聞かれたら、
1番は自分自身
2番はクリス
そう、挙げている。