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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第108章
(たぶん……。ヴィヴィだけがSPで『ペトルーシュカ』を扱っていたら、全然違うものになったんだろうな……)
可愛らしい藁人形を演じる――ただそれだけのプログラムに。
しかし毎日隣でクリスが、悲嘆に暮れたペトルーシュカを演じてくれるおかげで、ヴィヴィのそれは確実に影響を受けていた。
ペトルーシュカは苛められっこ。
バレリーナに恋をするが、彼女は荒くれ者のムーア人しか見ていない。
弱者は恋をしても叶わず、美しい女は強者のものになる――そんな人間界の掟を踏まえた様に。
挙句の果て、恋敵のムーア人に刺殺されたペトルーシュカは、最後には亡霊となってしまう。
お伽噺にしてはどす黒く、不気味で、あまりにもほろ苦い結末。
(だから、ヴィヴィの演じるバレリーナは、可愛いだけじゃないの……)
ペトルーシュカをそそのかし、
時に微笑んで気を持たせておきながら、
その恋心は受け止めてあげない――残酷な女の子。
そしてその奥底には、ペトルーシュカに対する同情の念を隠し持っている。
「ヴィヴィ……、そろそろ……」
耳元で囁かれた静かな声に、ゆっくりと目蓋を開いたヴィヴィは、隣に立っているクリスに頷いてみせる。
目の前のリンクではいつの間にか、前に滑ていた筈のロシアの選手が、四方に向けて礼を送っていた。
エッジケースを外してクリスに渡し、ヴィヴィは静かにリンクへと入って行った。
『真駒内積水ハイム アイスアリーナからお送りしております、NHK杯、女子シングルSP。残すは、最終滑走者の篠宮ヴィクトリアのみとなりました』
鳥海アナウンサーの声に、解説の荒河が続く。
「はい。初戦のスケート・アメリカでは、質の良い演技で首位に立った篠宮選手。オリンピックを見据えての事なのでしょう。現状に甘んじず、SPでは新たな試みをしています」
『ジャンプですね?』
先を促す鳥海の問いに、荒河は説明する。
「ええ。昨シーズンまではSPの前半に2本、後半に1本の構成でした。今シーズンでは後半に2本を纏め、基礎点の1.1倍を稼ぐというジャンプ構成で攻めてきています」
『そんな、篠宮選手。今リンク上で、身体を温めながらゆっくりと心を整えていきます』