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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第29章
ロシアでのグランプリファイナルから二週間後。
ヴィヴィは全日本選手権が開催される大阪のなみはやドームにいた。初日の男子SPでも予想通り一位に付いたクリスは、翌日のFPではシーズンベストをさらに更新し1位に輝いた。そしてヴィヴィもSPを練習通りに滑って首位に躍り出た今、最終日のFPを迎えていた。
第4グループの3番目の滑走順となったヴィヴィは、六分間練習の最中、流しながらジャッジ席へと視線を移した。その視線の先にいる人物を認めると、指先で衣装越しに幸運のお守りに触れる。
連戦と白熱するマスコミへの対応で流石に疲労困憊だったヴィヴィは、それを心配してくれた匠海にちょっとした我が儘を言ってみた。
「お願い! ジャッジ席の後ろの席で、観戦してほしいの!」
顔の前で両手を合わせて縋るように発したヴィヴィの言葉に、匠海は不思議そうに「どうして?」と返してきた。匠海はいつもフィギュアファン(特に男子選手の熱烈な女性ファン)に圧倒されてか、ただ遠慮してか、後ろのほうの席で見ていることが多かった。
「うっ……えっと……」
ヴィヴィは言いにくそうに口ごもると、きょろきょろと灰色の大きな瞳を泳がせる。そんなヴィヴィの様子をしばらく伺っていた匠海は、やがてにやりと笑い20cmの身長差からじっと見下ろしてきた。その様子からは困っている妹に助け船を出してやろうという素振りは、微塵も感じられない。
(……お兄ちゃんってば絶対、私でまた遊ぼうとしてる……)
ヴィヴィは頭の隅でそう思いながらも、ずっと間近で見降ろされるこの状態に耐え切れなくなる。目の前の匠海はいつも通りいい匂いがするし、お肌もツルツルだ。けれど――、
(ヴィヴィ、唇カサカサじゃないかな? あ゛ぁ~……ちゃんと鏡見てから来ればよかった!)
心の中で半ばパニックに陥ったヴィヴィは、焦って我が儘の理由をそのまま口にしてしまった。
「お、お兄ちゃんがそこで見てくれてたら……ヴィヴィ……つ、疲れていても頑張れそうだからっ!」
(あ…………ヴィヴィの、バカ……)
もっと遠まわしに理由を説明するつもりが本音をずばりと口にしてしまい、ヴィヴィの白い頬がさっとピンク色に染まった。しかし言ってしまった手前、もう後には引けない。
「俺がジャッジ側で見ていれば、頑張れる……?」
「う、うん……」