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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第108章          

「ヴィヴィが、運転しようか?」

 高円寺のホールの、地下駐車場。

 匠海の黒いBMWに乗り込みながら、ヴィヴィがにやりとする。

「冗談。まだ廃車にしたくないよ」

 苦笑する匠海に、

「え~……。ヴィヴィ、教官に「運動神経の良い子は、運転も上手よね」って褒められたのにぃ~」

 自動車教習所の女性教官の言葉を借りても、兄は運転させてくれなかった。

 12月の19時といえば、もう辺りは真っ暗で。

 屋敷に戻ると思っていた匠海の車は、渋谷方面ではなく何故か中央区方面へと向かっている。

「お兄ちゃん、どこか、行くの?」

 不思議そうに助手席から尋ねる妹に、匠海は前を見ながら口を開く。

「ああ、ディナー、行こうか」

 まさかの兄のお誘いに、ヴィヴィは歓喜の声を上げる。

「本当っ!? え~~っ 嬉しい! あ、でも……、おうちに「夕食いらない」って連絡しなきゃ」

「いや、いい。もう俺がメールしておいた」

 暗闇が落ちた幹線道路を進みながら、匠海は抜け目のない返事を寄越した。

「そっか。ありがと~♡ 何食べるの? イタリアン~、もしくは中華? ん~、和食も捨てがたい」

 素敵な演奏を聴いた後に、大好きな匠海とディナーデート。

 ヴィヴィは天にも昇らん勢いで、浮足立っていた。

 しかし、車がホテルの地下駐車場に吸い込まれた時点で、ヴィヴィのその楽しい気持ちはしぼんだ。

(ここ……、この、ホテル……って)

 確実に見覚えのある、日本橋のラグジュアリーホテル。

 車を止めた匠海は、その時になって初めて、妹の表情が強張っている事に気付いた。

「ヴィクトリア? どうした……?」

「あ、うん。デ、デートだと思うと、なんか緊張しちゃって」

 笑って見せたヴィヴィに、匠海は苦笑する。

「可愛いこと言って。悪い、少しだけ、ここで待っててくれるか?」

 匠海はそう言い置くと車から出て、ホテルへと続くエレベーターへと行ってしまった。

 兄の姿が見えなくなった途端、ヴィヴィの小さな顔が曇る。

(なんで、ここ、なんだろ……。もうヴィヴィ、このホテル、来たくなかった……)

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