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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第109章
なんてガキなんだろう。
どうして上手く立ち回れないのだろう。
もうこんな深夜。
兄も屋敷に帰り着いて、妹の所在の有無を確かめている筈。
そして、心配して――、
「ヴィクトリア……」
案の定、リンクに響いた匠海のその声に、氷を削る音が止み。
ヴィヴィは、 “おいた” を見咎められた子供の表情で、恐るおそる振り返る。
氷と床を隔てる境界線に佇むその姿は、昼過ぎに出て行った時と同じ格好。
9頭身のスタイル引き立たせる、洗練された三つ揃え。
上品な物腰は、その佇まいひとつからも滲み出ていて。
けれど、禁欲的にきっちりと閉じた襟口や袖口から漏れる兄の色香は、全く隠しおおせていない。
それどころか、
そのタイを緩めて、
そのカフスを取り除いて、
奥の奥まで彼の正体を確かめてみたい、と思わせてしまう。
女なら確実に視線と心を奪われるであろう、匠海のその出で立ち。
ヴィヴィが一番大好きな、兄の麗しいスーツ姿。
「……~~っ」
悔しくて、やるせなくて、涙が零れそうになるのを、必死に唇を噛み締めて堪える。
こんな素敵な恋人の姿を、結婚を前提とした見合いの席で、相手の女に見せてしまった。
(お兄ちゃんが、お見合いをすることが親孝行になると思っているのなら……、ヴィヴィ、耐えなきゃ……)
解っている。
そんな事、嫌と言うほど解って自覚している。
真行寺と話したあの日から、
毎日毎日、思って、
自分に言い聞かせて。
だから、口にはしていない。
文句も、
募る不満も、
膨らんでは萎む、猜疑心も、
押し殺して、
何処にも吐き出せず。
「………………」
(で……、家、出て来ちゃったんだけど……)
その情けなさ過ぎる結末に、燃え滾っていた憤りの炎は、冷水ならぬ氷水を浴びせ掛かられたかの様に下火になり。
薄い胸の奥で、ぶすぶすと醜い断末魔を奏でながら、何とかかんとか鎮火した。
「帰ろう」
妹の心の中など、手に取る様に判っているのだろう。
匠海のその静かな催促に、ヴィヴィは何も言えなくなって、その場に立ち竦み。
所在無げに、氷の上に視線を彷徨わせたのち、
やがて、こくりと頷いた。