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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第109章
白地の長袖ワンピースは、麻に見える素朴な布地。
その腹に描かれるは、心臓を模した巨大な漆黒の臓器。
獣の毛皮のそれは、徐々に黒光りするスワロフスキーへと変化し。
ヴィヴィの細い身体中に、太く細く血管を張り巡らせながら、生きとし生けるための黒い血液を送り続けている。
シンプルなAラインの裾には、臓器から伸びた血管が、4本縁取っていた。
バレエ音楽『春の祭典』で、春の訪れを待ち侘びて捧げられる “生贄の乙女” を模したそれ。
静かなリンクに響き始めたのは、
ストラヴィンスキー作曲『5本の指で―8つのとても易しい小品』より、No.5 Moderato。
高音で華奢なそのピアノの音色を聴くだけで、ヴィヴィの胸の中に、ドバイでクリスとした連弾の思い出が蘇る。
冒頭の3回転アクセル。
そして、3回転アクセル+3回転トウループを余裕をもって降りれば、曲はガブリエル・ヤレドによる、映画のメインテーマへと移りゆく。
オーケストラの美しくも切ない響きに導かれる様に、ヴィヴィの鼓膜を震わせていた、観客の歓声と拍手がフェイドアウトしていく。
それからは、シャネルが自分の身体を憑代とし、雄弁に踊り、魅せていく――。
3回転ルッツからの、コンビネーションスピンと、フライングキャメルスピン。
あくまでもクールに。
時にスタイリッシュに。
そしてエレガンスの中にも、官能のエッセンスも忘れてはいけない。
徹底的に甘さを排除する。
シャネルのシックなスタイル、そのままに――。
演技は後半に入り、曲の速度と明るさが徐々に陰り始めていく。
次々と連続ジャンプを決めるて行けば、
拍手が鳴りやまないリンクに響くのは、『春の祭典』を彷彿とさせる、オーボエの緊張感のある吐息。
ストラヴィンスキーと出会った頃のシャネルは、最愛の男を亡くしていた。
一方、バレエ『春の祭典』の酷評に、失意のどん底にいたストラヴィンスキー。
彼に自分と同じ前衛の孤独を感じたシャネルは、彼と家族に援助を持ちかける。