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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第29章
柔軟性を如何なく発揮してコンビネーションスピンを回りきると、フルートとピッコロのまるで急き立てるようなトリルに背中を押されるように、ヴィヴィは最後に渾身の力を振り絞ってストレートラインステップへと踏みだした。エッジを深く倒してスピードを殺さないステップに、観客から惜しみない拍手が送られる。
(だが、何故に其方は私の端正な顔を見ようともしない? 私の鈴の音の如き声に耳を傾けようともしない? 私のほんのささやかな願いを叶えようとしない――?)
静かだったオーケストラが徐々に音量を増し、不安を煽るような音色へと変貌を遂げていく。それに合わせて穏やかだったヴィヴィの表情が苦悩を湛えたものに変化していく。
(産まれて初めて男にぶつけられた侮辱の言葉。侮蔑の視線。私が欲しているのはそんなものではないというのに――!)
弦楽器が奏でる重厚なフレーズの繰り返しにシロフォン(木琴)の軽やかな音がどんどん曲を加速していく。
(其方は絶対に私を見ない……。ならば私は、私が持ち得る私の全てを使って、其方を手に入れよう――)
細かなステップを踏み終え、ツイズルで回転しながら移動したヴィヴィは、リンク中央でフライングコンビネーションスピンを回る。
金管楽器を主としたオーケストラの音がぷつりと途絶える。それに続くのは緊迫感を醸し出すフルートの静謐な旋律と、木管楽器の不安を煽るような細やかなトリル。弦楽器の鋭い音と共に短い助走から飛ぶ、ふわりと重力を感じさせないトリプルルッツ。すべてのジャンプを跳び終えたヴィヴィの朱く縁どられた唇に、一瞬、酷薄な笑みが浮かぶ。
(これで其方は、永遠に私のもの――)
義父であるヘロデ王への踊りの対価として、愛しい預言者ヨカナーンの首を手に入れたサロメは、鈍く輝く銀の盆に載せられた血塗れの頤(おとがい)を胸に擁(いだ)き、天を仰いだ――。
オーケストラの音の余韻は大きな拍手と歓声により掻き消された。ヴィヴィはフィニッシュポーズを解くと、ふうと大きく息を吐きだす。そして視線をジャッジ席の後ろへと注ぐと、そこには周りの観客と一緒にスタンディングオベーションを送ってくれている匠海の姿があった。
ヴィヴィと匠海の視線がかち合う。いつの間にか衣装の外に出てしまっていたネックレスを指の先で隠すように抑えると、匠海に向かってはにかんだ。