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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第110章          

 ロマンティストのジャンナのこと。

 きっと『ジゼル』を、嬉々として振付けてくれた事だろう。

 なにせ、前の五輪シーズン。

 『サロメ』をやりたがったヴィヴィに対し、ジャンナは『ジゼル』を押していたのだから。

 だから、もしかしたら今回、ジャンナに振付を依頼していたら、承知して貰えていたかも知れなかった。

 けれど、ヴィヴィはそうしなかった。

 そう出来なかった。
 
 怖かったのだ。

 また、

「ヴィヴィには、振付けられない」

 そう、言われるのでは無いかと――。

 つきりと痛んだ胸を堪える様に、両手をぎゅうと太ももの上で握り締めた時、

「お嬢様?」

 背後から掛けられた声に、ヴィヴィはびくりと身体を震わせた。

 そして、主の傍に寄った朝比奈を見上げる。

「お嬢様、そろそろ湯を使われては如何ですか?」

 柔らかな微笑みを湛えながらそう促してくる執事に、硬い表情を浮かべていたヴィヴィの顔も徐々に綻んでいく。

「ん……。お風呂、入るぅ」

 ぴょんとソファーから立ち上がったヴィヴィは、その足でバスルームへと向かって行った。

 ドアを閉め、纏っていた衣服を脱ぎながら、ヴィヴィはぷるぷると金色の頭を横に振る。

 後ろ向きになるのはやめよう。

 あの時、自分も言ったではないか。

『ヴィヴィも、またジャンナに振付をしたいと思ってもらえるようなスケーターに……、一人の人間になれるよう、精進します』

 その言葉に嘘は無い。

 魅力あるスケーターに、説得力のある人間になりたいと、ヴィヴィはヴィヴィなりに、日々必死に頑張っているつもりだ。

 広いバスルームに脚を踏み入れたヴィヴィは、シャワーで表層を清めながら、自分に言い聞かす。

(赦されぬ恋の責任を、自分で取れる人間に。

 誰に何と言われようが、決して揺るがない人間に。

 そうなれた時――

 きっとジャンナは、ヴィヴィの “思い” を解ってくれる。

 そんな、気がするの……)
 
 大きく息を吐いたヴィヴィは、濡れた掌でぴちゃりと両頬を打ち。

 暖かな湯を湛えたバスタブへと、身を沈めていった。





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