この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第110章
「……お兄ちゃん……? どう、したの……?」
細動する瞳を覗き込みながらそう尋ねれば、匠海ははっと表情を強張らせ。
何度か大きく瞬きをしたのち、血の気が引いた唇を開いた。
「あ、ああ……。悪、い……」
「……え……?」
何の事について謝られたのか分からず、ヴィヴィはそう短く聞き返す。
「……恐ろしい、夢を……、悪夢を、見ていたみたいだ……」
目の前の匠海が、大きな掌で額を覆い。
そこに浮き出ていた汗粒の濡れた感触に、少し気持ち悪そうに眉を眇めた。
「悪夢……? どんな?」
これまで何度も兄と寝所を共にしたが、こんな風に悪夢にうなされていた事など無かったのに。
「ふ……っ 聞いて後悔しないか?」
「え……?」
(後悔……? って何を?)
微かに首を傾げたヴィヴィの目の前で、匠海はにやあと悪巧みをする顔で嗤う。
「丑三つ時……。ダイニングで飲み過ぎた俺は、1階のバスルームに向かおうとしていた。すると、何故か暗闇が下りた廊下には、冷気が漂っていて……。不思議に思った俺は、扉を開けたんだ。そしたら、トイレの傍に黒髪の少じょ――」
「いやぁああああっ!!」
いきなりそう絶叫したヴィヴィは、両手で自分の耳を塞いだ。
根っからの怖がりのヴィヴィは、それ以上聞いたら、もう1階のバスルームに行く事が出来なくなってしまう。
「ははっ 悪いわるい。お前が凄く心配そうな顔をしていたから、なんか からかいたくなった」
「……っ もうっ」
(心配して、損した!)
カラカラと笑う匠海に、丸みの残る頬を膨らませて憤慨したヴィヴィ。
その頭をぽんと撫でた匠海は、ぎしりと音を立てながらベッドから降り、
「寝汗かいたから、シャワーで流してくる。ヴィクトリア、起こして悪かったな」
「ううん……」
ベッドの隅に引っかかっていた茶のバスローブを羽織った匠海は、そう言い置いて寝室を出て行った。
上半身を起こしていたヴィヴィは、ぽすっと軽い音を立て、また枕の山の中に身体を埋めた――が。
「………………」
何故か分からないけれど、今の兄を独りにしてはいけない様な気がして。
もぞもぞと黒いベッドから這い出し、寝室を後にした。