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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第110章          

「……お兄ちゃん……? どう、したの……?」

 細動する瞳を覗き込みながらそう尋ねれば、匠海ははっと表情を強張らせ。

 何度か大きく瞬きをしたのち、血の気が引いた唇を開いた。

「あ、ああ……。悪、い……」

「……え……?」

 何の事について謝られたのか分からず、ヴィヴィはそう短く聞き返す。

「……恐ろしい、夢を……、悪夢を、見ていたみたいだ……」

 目の前の匠海が、大きな掌で額を覆い。

 そこに浮き出ていた汗粒の濡れた感触に、少し気持ち悪そうに眉を眇めた。

「悪夢……? どんな?」

 これまで何度も兄と寝所を共にしたが、こんな風に悪夢にうなされていた事など無かったのに。

「ふ……っ 聞いて後悔しないか?」

「え……?」

(後悔……? って何を?)

 微かに首を傾げたヴィヴィの目の前で、匠海はにやあと悪巧みをする顔で嗤う。

「丑三つ時……。ダイニングで飲み過ぎた俺は、1階のバスルームに向かおうとしていた。すると、何故か暗闇が下りた廊下には、冷気が漂っていて……。不思議に思った俺は、扉を開けたんだ。そしたら、トイレの傍に黒髪の少じょ――」

「いやぁああああっ!!」

 いきなりそう絶叫したヴィヴィは、両手で自分の耳を塞いだ。

 根っからの怖がりのヴィヴィは、それ以上聞いたら、もう1階のバスルームに行く事が出来なくなってしまう。

「ははっ 悪いわるい。お前が凄く心配そうな顔をしていたから、なんか からかいたくなった」

「……っ もうっ」

(心配して、損した!)

 カラカラと笑う匠海に、丸みの残る頬を膨らませて憤慨したヴィヴィ。

 その頭をぽんと撫でた匠海は、ぎしりと音を立てながらベッドから降り、

「寝汗かいたから、シャワーで流してくる。ヴィクトリア、起こして悪かったな」

「ううん……」

 ベッドの隅に引っかかっていた茶のバスローブを羽織った匠海は、そう言い置いて寝室を出て行った。

 上半身を起こしていたヴィヴィは、ぽすっと軽い音を立て、また枕の山の中に身体を埋めた――が。

「………………」

 何故か分からないけれど、今の兄を独りにしてはいけない様な気がして。

 もぞもぞと黒いベッドから這い出し、寝室を後にした。



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