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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第29章
「お兄さんのクリスさんが耳元で何か言われていましたが、何を言われたのか教えてもらえますか?」
「え……?」
女性アナウンサーの質問に、ヴィヴィは思わず声を漏らす。キスアンドクライでクリスは確か、
『ヴィヴィ……ずっと兄さんのほう、見てた……ずるい……』
と拗ねたように耳元で囁いてきた。まさかそれをそのまま公共の電波に乗せるわけにもいかず、ヴィヴィは視線をきょろきょろと彷徨わせる。
「えっと……ちょっと忘れちゃいました……確か『凄い』って言ってくれたと思います」
なんとかそう言ってその場を逃れたヴィヴィは、アナウンサーにお礼を言ってすぐさまアリーナの試合の様子を覗きに向かう。と言っても他の選手の演技中に自分が見ていると色々と邪魔になるだろうと、なるべく目立たず覗ける場所がないか、ヴィヴィはその小さな頭の中で会場の地図を思い出していた。
「ヴィヴィ、こっち……」
自分を呼ぶ小さな声に振り向くと、3メートル程先でクリスが手招きをしていた。
「クリス……?」
行きかう人と軽く挨拶を交わしながらクリスの元へと急ぐと、クリスが「関係者ONLY」と書かれた金属製の重厚な扉に体重を掛けて開く。その途端、アリーナで行われている試合の音が大音量で迫ってきた。双子は小さく開けた扉の隙間からさっとアリーナへと入り込み、扉を閉める。
試合の状況は滑り終えたベテランの今井春香の点数を待ちながら、宮平知子(さとこ)がアップをしているところだった。ヴィヴィはきょろきょろと辺りを見回す。どうやらここは会場の死角になっているようで、自分たちのいるところからは観客席はあまり視界に入らなかった。
氷の上では、硬い表情をした最終滑走者の宮平がステップからのジャンプの入りを確かめている。
『…………絶対、全日本で台乗りするから……』
NHK杯でグランプリファイナルの出場への道を絶たれてしまった宮平が溢した言葉が、ヴィヴィの脳裏に甦る。
「今井春香さんのフリープログラムの得点――111.82点。総合得点――164.72点。現在の順位は、第六位です」
点数を読み上げるアナウンスに、会場がざわつく。村下佳菜子と同い年でベテランの今井の点数の低さに、女子シングルの大会の行方は混迷を極めてきた。