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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第110章          

 コンコンと軽いノック音と共に、「お兄ちゃん?」と呼んでみるが、返事は無く。

「…………? 入るね?」

 そう断りの言葉と共にドアノブを捻れば、開かれていく扉の隙間からは、煌々と光が差し込んでくる。

「……お兄ちゃん……? 寝てるの?」

 ヴィヴィは眩しさに瞳を細めながらも、視線の先――黒革のL字ソファーに座りこんでいる匠海に声を掛けてみる。

 けれど、うんともすんとも返事がなくて。

 近付いてみれば、強烈なアルコールの匂いが鼻を突いた。

「……こんなに、飲んだの?」

 ローテーブルの上には、兄が好んで飲むシャンパンボトルが1本。

 赤ワインのボトルが1本。

 それに――、

 何の酒か判らず、倒れていた透明で四角形の瓶を手に取ったヴィヴィ。

(водка……? ああ、ウォッカ……って、40度もあるんだ)

 こんな酒瓶の文字が読めるようになる為に、ロシア語を勉強している筈では無いのだが。

 空の瓶をローテーブルに戻し、

「お兄ちゃん、起きて? こんなところで寝たら、風邪――は、ひかないな」

 8月だし、それはないな――と、どうでも良い事をひとりごちたヴィヴィ。

 長い脚を投げ出し、ソファーの背凭れにだらりと凭れ掛かった匠海は、そんな声掛けくらいではピクリともせず。

 肩を掴んで揺さぶってみたり、頬をぺちぺち叩いてみたり。

 しかし、全く起きる様子のない兄に、ヴィヴィは隣にへたりこんだ。

「どうして、こんなになるまで、呑んじゃったの?」

 酔い潰れていても美しい兄にそう問い掛けてみるが、もちろん返事など帰って来る筈は無く。

 このままだと朝までここで寝ていそうなので、寝室まで連れて行きたいが――うん、確実に無理だ。

 一瞬、夜番の執事を呼ぼうかと考えたヴィヴィだったが、

「………………」

 じっと兄を見つめていた大きな瞳が、ゆらりと曇る。

(何を……抱えているの……?)

 匠海は両親に似て、凄く酒が強い。

 毎日1本フルボトルのシャンパンを、まるで水の様に呑んでしまう。

 そしてもちろん、酔わない。

 そんな兄が、こんなになるまで飲んだという事は、

 酒に溺れて何かを忘れたいからか、

 酒の力を借りないと眠れないからか、

 それとも、その、どちらもか。

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