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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第110章
「……5時、に……?」
訝しげに尋ねてくる匠海に、ヴィヴィは更ににやりとする。
「うん。お兄ちゃんの可愛い寝顔に「良い子にしててね、行ってきます♡」って言いに来ただけだもん」
「ははっ 寝こみを襲われるところだった。気を付けてな?」
やっと笑ってくれた兄は、ぽんぽんと大きな掌で妹の頭を撫でた。
「ん、ありがとう。ほら、お兄ちゃんはベッド! ハウス!!」
まるで飼い犬に命令するように、右腕で寝室を指差したヴィヴィは、「じゃあね」と言い置いて兄と別れたのだった。
翌日の8月3日(水)。
大阪市中央体育館では、浅田 真緒が主宰を務めるTHE ICE2021が開催されていた。
暗闇が下りたリンク。
ぴちょん、ぴちょん……水の滴る音。
そして仄暗い洞窟に微かに響く、不気味な音色。
オレンジ色に輝くランタンを手に現れたのは、
黒のフードを被り、不安そうなヴィヴィ――扮するクリスティーヌ。
辺りを伺いながらも、薄暗いスポットライトに誘導され、リンク中央へと辿り着く。
『Sing!
――歌え!』
会場中に反響する、威圧的なファントム(怪人)の声。
びくりと震え上がったヴィヴィは、ランタンを氷の上に置き、
恐るおそる、頭から黒のフードを取り除く。
『Sing, my Angel of Music!
――歌え、私の音楽の天使!』
しつこく要求してくるファントム。
怯えていた筈のヴィヴィは、両手を上にあげ こてと首を傾げる。
そして響いたのは、ヴィヴィ自身の声。
「え~~? 歌を歌えって? じゃ~あ~……」
声に合わせて口パクするヴィヴィは、改まった様子で咳をする。
「ごっほん、では、一曲……。
♪月が~~出たで~た~、月が~出た~、あ、よいよいっ♪」
(♪掘って~掘って、かついで~かついで、手拍子パンパンっ♪ っと)
何故か、気合を入れて炭坑節を踊りながら歌うヴィヴィに、クリスの怒声が叱りつける。
「違うっ!!
Sing! Sing for me!
――私のために歌え!」
会場中を埋め尽くすゲラゲラという笑い声を聞きながら、
ヴィヴィはおもむろに、纏っていた黒のマントを脱ぎ捨てる。