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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第110章          

『ヴィヴィ、家でしょっちゅう歌ってるんです』

 双子の兄の指摘に全く思い当るところのないヴィヴィは、心底不思議そうに首を傾げた。

『え? 歌ってないよ?』

『嘘……。部屋で結構な声量で、歌ってる……』

 首を横に振って、そう訂正してくるクリス。

『ヴィヴィ、覚えないの?』

 浅田の問いにも、ヴィヴィは唇を尖らせて頷く。

『全然です。え~~?』

 その表情はテレビカメラの前という事を忘れた、普段のおしゃべりをしている表情だった。

『4年前の平昌五輪のシーズンとか、本当……凄く怖くて……』

『え? どうして?』

 クリスの怯えた様子に、浅田が先を促す。

『そのシーズンの、ヴィヴィのFP『サロメ』の歌詞……、恐ろしいんです』

『え~~? ヴィヴィ、ちょっと歌ってみて?』

 ほとんどの人間が、『サロメ』の歌詞なんて、すぐには思い浮かばないのだろう。

 浅田のその無茶振りに、さすがのヴィヴィも躊躇する。

『え゛……。っていうか、ドイツ語……ですけど?』

『僕が日本語訳を、言ってあげる……』

 クリスのその助け舟(?)に、ヴィヴィはしぶしぶと頷き、腰かけていた椅子から立ち上がる。

『そ? ……では、へたくそ、ですが……』

 謙遜しながらも、勿体ぶる様に「ごほん」とひとつ大きく咳をしたヴィヴィは、目蓋を瞑り。

 そして、

 “銀の皿の上に乗せられたヨハナーンの首” を持ち上げるかの如く、両腕を肩の高さまで持ち上げる。

 す~~と大きく息を吸い込んだヴィヴィは、薄い唇を開く。

『Ah~~! Ich habe deinen Mund~ geküsst, Jocha~~naan.』 

『ああ……とうとうお前の口に接吻したわ、ヨハナーンや』

 情感たっぷり、細く高い声で歌い上げるヴィヴィに対し、クリスは淡々と日本語訳を呟き。

 そしてここロンドンでは、それを匠海が英語に訳すという、変な展開になっていた。

『Es war ein bitterer Geschma~~ck auf deinen Lippen.』 

『――お前の唇は苦い味がするのね』

『Hat es nach Blu~~t geschmeckt?』

『――あれは血の味なの?』

 唇を震わせながら、自分の両手を見つめて歌うヴィヴィ。 

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