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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第110章          

「可愛い……」

 ぼそっと呟くクリスに、ヴィヴィの表情はみるみる不貞腐れたものになる。

「だ~か~ら~っ “可愛い” って言って何でも済まそうとするの、やめてってば!」

 一応機内なので、小声でそう主張するヴィヴィは、やはりクリスの瞳には可愛く映るのだからしょうがない。

 膨らんでしまった頬を撫で撫ですると、更に膨らんでしまうのも。

「もうっ いいも~んだ」

 何故か臍を曲げて、自分から出した問題を放棄した妹に、クリスは微かに首を竦めながら答えを出した。

「170日……ちょうど……」

 その返事に、そっぽを向いてしまっていたヴィヴィが、くるりと振り向いて微笑んだ。

 金色の長い髪が揺れ、馨しいシャンプーの香りがふわりと纏わりつく。

「な~~んだ、知ってるんじゃない! ねっ びっくりしない? 170日だって。あと170日!」

 何がそんなに興奮する事なのか。

 まあ、双子の妹が幸せなら、それでいい。

「ん~……、そうだね……」

 そんな適当な返事を返してしまったら、ヴィヴィはクリスから興味を無くした様にしゅんとし。

 そして、目の前のシートに座る、アイスダンスの安方 静流(やすかた しずる)に話しかける。

「ね~、静流ちゃ~ん!」

 自分達より2つ下の、高校3年生の安方に絡むヴィヴィ。

 きっと、そのちっちゃな胸の中は、希望で一杯なのだろうと思う。

 4年前の平昌(ぴょんちゃん)五輪がそうであったように、ストレス無く伸び伸びと、ミュンヘン五輪を迎えられると思っている。

 そんな筈が、無いだろうに――。

 ヴィヴィは、ほとんどテレビを観ない。

 ネットもあまり見ない。

 だから知らないのだ。

 日々、自分達の話題がどこかしらで上がり、

 今期のプログラムの選曲がどうだとか、

 技術構成はこう来るだろうとか、

 この振付師との相性はいいのかとか、

 ライバルの動向がどうだとか、

 日々、世界中で騒がれていることを。
 
 そして、その話題の最後を締め括る――「ミュンヘン五輪でも、個人で2冠を達成するのは確実!」と謳われている定型句を。

 それはクリスも同じだが、ヴィヴィの方が更に言及されている。

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