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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第111章                 

 ジュリアンとクリスを従えながら、まっすぐと前を向いたヴィヴィは、バックヤードからリンクサイドへと入っていく。

 紺色フェンスに囲まれたリンクの中、演技を行っているのはジ・ジュンリ(中国)。

 可愛らしい容姿に、恵まれたしなやかな体躯。

 さすが10台半ばから第一線で活躍してきた24歳のベテランは、落ち着いた演技でフランスの目を超えた観客を沸かせていた。

 目蓋を瞑り、ホテルで観た自分の動画を思い出す。

(あんな風に滑ればいいだけ。何も怖いことなんて無い……)

 イヤホンから聞こえてくる、大好きなピアノに乗って滑れば、きっと何もかも旨くいく。

 わっと鼓膜を震わす歓声に、自分の順番が来た事を悟り、ヴィヴィはゆっくりと目蓋を上げた。

 隣にいてくれたクリスに、引き抜いたiPodを預け、

 どうしても入ってしまう肩の力を、ぽんぽんとその場で飛んで取り除く。

 自分の為に開かれるゲートに、ヴィヴィは迷わず飛び込んで行った。
 
 前の選手の得点が出てからの1分間は、自分だけの時間。

 この広いリンクを、自分だけのものに出来る時間。

 あるスケート選手が言っていた。

『こんな何千人もの観客が、2分50秒、もしくは4分の間、自分だけの演技に集中し、見つめている――こんなスポーツ、他に無いと思う』

 それを楽しめるか、嬉しいと思えるかで、その後に待ち受ける結果は随分と異なるだろう。

 痩躯を包む衣装に視線を落とす。

 鮮やかな空色を基調としたそれは、ピンク色、黄色、薄紫色、白色、灰色、

 そして、花柄がプリントされた布地をも組み合わされた、とても色彩豊かなもの。

 『girls』

 高木 正勝の演奏するピアノ独奏の、キラキラした眩しさ、

 そして、彼自身が手掛けた映像の数々から、連想して創ったものだった。

 その胸に、右手を乗せる。

 肌襦袢越しに感じる、硬くて小さな感触。

 自分にありったけの力を与えてくれるもの。

 遠い日本で、きっと胃を痛くしながら見守ってくれている、大好きな恋人。

「ふぅ~~……」

 春先に咲くスイトピーの様な薄紅色に塗られた唇から、細く長い息を吐き。

 ヴィヴィは時間ぎりぎりまで使って、SPのスタートポジションへと着いた。 

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