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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第111章                 

 リンクに響く、高い和音。

 その音を聞くだけで、ヴィヴィの小さな顔は勝手に綻んでしまう。

 間を置いて続く、更に高い和音。

 華奢な響きに導かれ、銀色のブレードが勢い良く氷の上を滑って行く。

 同じ旋律を繰り返す、ピアノの音色。

 それを的確に踏まえながら、ヴィヴィは前向きに踏み切る。

 回転する視界、

 脳裏に浮かぶのは、幸せに包まれた幼女時代。

 着氷したエッジは何の迷いもなく、踏切と同じスピードで軌跡を描いて行く。


  かくれんぼ。

  まだ幼い匠海に抱っこされ、

  鬼から逃げる視界に広がるのは、くるくると変わる景色。
 
  小さな唇の前にかざされる、「し~っ」という人差し指。

  自分達を見つけて、少し得意げなクリスの顔。

  従姉妹の作る色彩豊かな花冠、花束、弾ける笑顔。


 よどみなくステップを踏み分けながら、薄い胸の内は高揚していく。

 楽しい。

 幸せ。

 その気持ちのまま、連打しながら上昇していく和音に乗せて、レイバックスピンを回る。


  BSTの真新しい制服に身を包み、

  けれど、クリスが隣にいてくれるだけで、怖い事なんて何も無かった。

  少しずつ高くなる視線は、視界をも広げてくれる。

  初めて独りで立った、試合のリンク。

  ころんで、失敗して。

  泣きながら、コーチの待っていない逆方向へと走って行けば、

  お小言を言いながらも、苦笑いして抱き上げてくれる優しい腕。

 
 エッジに細心の注意を払いながら踏み切る、3回転ルッツ + 3回転トウループ。


  他愛のないおしゃべり。

  初恋と言うにはまだ早い、淡い恋心に煌めき始める、少女達の色とりどりの瞳。

  広いリンクの中央。

  初めて昇った表彰台。

  鈍い光を放ち輝くメダルよりも、更に輝いていた母の潤んだ瞳。


 最後のジャンプ――3回転フリップは、楽しげなステップから気持ち良く飛び上れた。


  けれど、

  真っ直ぐに前だけを向いていた瞳は、それだけではいられなかった。

  地面ばかりを見つめ、

  こらえるように握り締めた、震える指先。

  大好きな人が苦悩する姿。

  やがて視界は漆黒で塗り潰され、

  ぼんやりと開かれた目蓋から覗くのは、

  赤黒い血で穢れた 両の掌。

  
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