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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第112章              

『それに、お兄ちゃんも』

『俺も?』

 少し驚いた様子の匠海の手に、ヴィヴィは自分の細いそれを重ね合わせ、じっと灰色の瞳を見つめる。

『うん。ヴィヴィね、お兄ちゃんがいてくれなかったら、きっとスケート続けられなかったもん』

 本当に心の底からそう思っているのに、

『そんな事は無いと、思うけれど?』

 匠海の返事はそんな謙遜したものだった。

 なんかそんなところも兄らしくて、ヴィヴィは大きな掌の中で苦笑する。

『ううん。本当に、そうだったんだよ』

『………………』

『ありがとう。いつも傍に居てくれて。ヴィヴィ、頑張ってくるね?』

 翌日、決戦の舞台へと旅立つその決意の言葉に、匠海は深く頷いた。

『ああ。応援してる』

『ね? ぎゅ~~、して?』

 腰かけたままの兄に向って伸ばした両腕の中に、ゆっくりと降りてくる逞しい身体。

 愛しい大切な恋人に抱きすくめられ、ヴィヴィは幸福と安らぎの狭間でぎゅうと目蓋を閉じ、一時の快楽を味わう。

(この胸があるから、頑張って来れたの……)

 歩くより先に氷の上にいた。

 本気でスケートに取り組む決意をした時、

 楽しいだけのスケートが、それだけでは無くなった。
 
 転びまくって痛くて泣いても。

 母でもあるコーチに激しく叱責されて、へこたれても。

 いつも傍に寄り添い、その言葉で、暖かな抱擁で、自分を温かく包み、癒してくれた兄。

 欠け替えの無い、ヴィヴィだけの特等席。

 だからヴィヴィは元気を取り戻し、またリンクへと向かって行けた。

(自分が帰って来れる場所があるから、頑張れるの――)

 それはこれからも変わらなくて、

 何歳になっても、

 スケートを引退したとしても、

 ヴィヴィが安らぎ、英気を養えるのは、

 匠海の胸の中で、

 匠海の膝の間で、

 どちらかが息絶えるまで、

 それは永遠――なのだ。





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