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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第112章
羽生のパーフェクトに等しい演技が終わり、クリスがリンクへと入って行く。
得点が出るまでの時間、大型ビジョンでは羽生のスロー映像が流され、その1つ1つにどよめきと感嘆の声が上がる。
しかし、リンク内のクリスは黙々と確認作業を熟し、その表情もいつも通りの淡々としたものだった。
そしてコールされた羽生の得点は、シーズンベストを大幅に更新する、素晴らしい得点で。
最終滑走者のクリスを残し、1位に躍り出た。
「クリス―! がんば―っ!!」
キス・アンド・クライを立つ時、羽生はリンク内のクリスに対して、そう声援を送った。
クリスは決してそちらを見なかったが、きっと聞こえていたと思う。
「はい、いつも通り、SMILE!」
そう声を掛けるジュリアンはリラックスしていて、
「頑張ってねん♡」
冗談ぽく呟いたヴィヴィも、双子の兄を信じていた。
大きく頷いたクリスは「行ってきます……」と言い置き、リンクへと滑り出した。
それは、まるで夢のような時間だった――。
エドワード・グレグソン 作曲『A songs for Chris ―クリスに捧げる歌―』。
小さな頃から双子を振付けてきた宮田が、丹精込めて創り上げたプログラムは、英国の作曲家による現代音楽。
前半は4曲ある中の3曲目 “III. Toccata - Scherzo:Fast and Rhythmic”。
歓声が途絶え静まったリンクに響き始める、弦楽器の短い響きの重なり。
点が少しずつその数を増やしていく様に、
厚みを増す弦の音色に急き立てられ、クリスは助走に入る。
4回転トウループ。
余裕以外の何も感じさせない、完璧過ぎる着氷。
それに鳥肌を立て身震いした頃、間髪入れずに飛び上がったのは、
今現在、試合ではクリスしか飛べない4回転フリップ。
会場を埋め尽くす歓声と拍手。
にやりとほくそ笑むクリスは、当然とばかりに胸を反らせる。
前衛的な変拍子なんてなんのその。
どこか武骨でカッコイイそのチェロ組曲は、本当に彼の為に描かれたと錯覚してしまいそう。
3回転アクセル+3回転トウループ。
軸が細く幅のある跳躍は、4回転にも劣らない見応えのあるジャンプ。