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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第112章
思わずごくりと生唾を飲み込むヴィヴィは、無意識にフェンスを握り、身を乗り出していた。
(なんて、素敵なんだろう……)
18世紀の英国海軍の礼装を模した紺の衣装。
長く細い手脚を存分に生かしたステップ・シークエンスは、
限界までエッジを倒しているというのに、どうして加速していくのか、不思議でならない。
夢見るように微笑んでジャッジを虜にしたかと思えば、
次の瞬間には、人でも殺めそうな険しい眼差しで会場を一瞥し、
その指先ひとつ、長い睫毛の1本さえも、見逃したくないと切に願ってしまう。
フライングチェンジフット・シットスピン。
緊張感漲る変拍子の連続から、曲は4曲目の “IV. Song:Tempo I. Quite slowly, peacefully” へと移行する。
郷愁を感じさせる、なだらかな旋律。
クリスがふっと大きく息を吐いただけで、会場の空気が一変する。
自分と瓜二つなのにやはり男の顔――そこに浮かぶのは、
手に入らない何かを希(こいねが)うような表情にも見え、
けれど、想いを断ち切ろうと葛藤しているようにも映る。
3回転ルッツ+1回転ループ+3回転サルコウ
3回転ルッツ
3回転ループ
3回転フリップ+2回転トウループ
次々とジャンプを畳み掛けるのに、それらは音楽を引き立たせる要素のひとつで、全く流れが途切れない。
芯の太い弦の響きに乗せた、フライングからの足替えのコンビネーションスピン。
ポジションを変えてもぶれない軸は、まるで彼の心根の様で。
そして最後の3回転アクセル。
ヴィヴィが悔しさを覚えるほどの、高さと飛距離を持ったそれ。
コレオグラフィック・シークエンスは、
クリスの愛するチェロの深い怒声に乗せて、身体の正面で平行に開脚したバレエジャンプ。
最後、足変えのコンビネーションスピンは、存分に柔軟性を見せつけるビールマンスピンで締め括られ――。
ラストのスピンから拍手は鳴りやまず、それは会場中のスタンディングオベーションへと繋がった。
その瞬間、誰もが確信しただろう。
今宵の――いや、この先の4年間も、
彼が氷上の王として君臨し続けるであろう事を。