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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第112章              

(いや、夢……というか……)

 自分が今見たものは、色彩豊かで温度も匂いもあって、決して夢では無かった。

 そう。

 それは、昨年の7月末日、匠海と葉山に泊まった時の記憶。
 
 その恥ずかし過ぎる思い出に、上掛けの中の胸がとくりと高鳴る。

 思い出の中の匠海が、眩しくて素敵で、

 意地悪だけどやはり優しくて。

 それは、
 
 今すぐ兄の声を確かめたい――そう、思ってしまうほどに。

 ゆっくりと上半身を起こしたヴィヴィの胸から、羽毛布団がずり下がる。

(ここ……、クリスの、部屋……?)

 見慣れた双子の兄のダウンジャケットが、クローゼットの取っ手に引っ掛けられていた。

 紺色のウールで出来たそれは襟が大きめで、赤いハイピングが入ったお洒落なもの。

「……クリス……?」

 呼んでみるが部屋の主はおらず。

 だが視線の先に自分の白いダウンを見つけ、ヴィヴィはベッドから降りた。

 一人掛けソファーの背に掛けられたダウンのポケットを探り、スマホを取り出す。

 薄暗い部屋の中では眩しすぎる、明るい液晶画面。

 21:10と表示された時刻に、ヴィヴィは微かに首を捻る。

 もうこんな時間。

 そういえば自分は、夕食を食べたのだろうか?

 細い指先で履歴を呼び出し、兄の名前を見つけてCALLを押そうとし、ヴィヴィははたと止まる。

「あ……、むこう、今、4:10……だ」

 そんな早朝に電話して、匠海の安眠を妨げたくない。

 ヴィヴィは「残念……」と呟きながら、スマホをダウンのポケットに直そうとし――その手が止まる。

 4:10……?

 先程自分が発した独り言に、金色の頭の中が疑問を覚える。

 何処が?

 何処の時刻が?

 匠海は、ミュンヘンにいるのに。

 ローゼンハイムにはいないけれど、ミュンヘンのホテルにいるのに。

 そして “ここ” は、21:10なのに。

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