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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第112章              

 6分間練習でヴィヴィが試したのは、3回転フリップ+3回転トウループのコンビネーションだけだった。

 後は身体を温めながら、会場の感覚を取り戻す事だけに注力した。

 フィギュアの試合会場は、大体の場合 毎回 開催場所が違う。

 スピンを回り終えたのち、自分がどちら方面に出て行けばいいか。

 会場の何を目印に、今の自分のいる位置を把握すればいいのか。

 そういった最低限の確認に留め、とにかく体力の温存を図った。

 そんな中、

 会場を埋め尽くす観客と、逐一カメラを回し続けるメディアは、既にヴィヴィの異変に気付き始めていた。
 
 午前中の公式練習への不参加は、世界各国でLIVEで放送されていたし。
 
 にも関わらず、貴重な6分間練習の最中にも、3回転アクセルを試すそぶりさえ無い。

 衣装の上に纏った日本代表ジャージも、何故かずっと纏ったまま。

 そして、

 どれだけ濃い化粧を施しても隠し切れない、紙の様に白い顔――に。
 






 そしてとうとう、ヴィヴィの滑走順が来た。

 女子シングル FP、第4グループの6番滑走。

 このミュンヘン五輪に於けるフィギュア種目の最終滑走者に対し、場内は異常な盛り上がりを見せていた。

 けれど、余裕の無いヴィヴィには幸か不幸か、それらの情報が全く入って来なかった。

 リンクのフェンス越しに向き合う、ヴィヴィとジュリアンとクリス。

 そしてその後ろには、柿田トレーナー。

 バックヤードへの入り口傍には、牧野マネージャーと医師が。

「アクセルは1回だけよ」

「はい」

 ジュリアンの命令に、ヴィヴィは素直に返事をする。

「演じるよりも、要素を熟すことを優先しなさい」

「はい」

 強張った表情で頷く娘に、ジュリアンはふっと笑いながら金色の頭に掌を乗せる。

「大丈夫~。もしお腹痛くなって倒れちゃったら、マムがおんぶして退場してあげるから、ね?」

 コーチの言葉に、ヴィヴィの頭の中にポンと映像が浮かぶ。

 普通の靴を履いたジュリアンが、倒れたヴィヴィをおんぶし、ヨタヨタしながらリンクを後にする姿――。

 なんかちょっと、面白そうだ。

「ホントですか?」

 やっと唇の端を綻ばせた娘に、母は「まかせといて!」と花冠を乗せた頭をポンと叩き、掌を引っ込めた。

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