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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第112章
そして、フェンスに乗せたヴィヴィの両手に、暖かく大きな掌が被せられる。
「ヴィヴィ、忘れないで――君は1人じゃない。僕も、コーチも、ダッドも、皆も、ヴィヴィの傍にいる」
「うん」
クリスの心強い言葉に、ヴィヴィが大きく頷いた時、
『The next skater is Victoria Shinomiya, from JAPAN. ――Der nächste Eisläufer ist Victoria Shinomiya, von JAPAN』
広い会場に響く、自分の番を告げるアナウンス。
「行ってきます」
しっかりとした声で発したヴィヴィは、最後に2人の瞳を強く見返し、リンクへと向かって駆け出して行った。
演技開始までの1分間。
ヴィヴィは頭の中で確認事項を復唱しながら、ぐるりと氷上を回る。
常の癖で胸元に掌をかざすが、そこにあるのは布地の感触のみ。
嘔吐するヴィヴィが苦しくない様、金のネックレスは外されていた。
ふっと揺らぎそうになる気持ちに、ヴィヴィは小さく頭を振ってそれを追い出す。
今考えるべき事は、自分の演技の事だけ。
4年に1度―― 一生に一度きりの大舞台。
ここに来るまでにどれだけの人の協力があり、助けがあり。
どれだけの人を犠牲にしてきたか。
だから自分は、転倒しようがが吐こうが倒れようが、
絶対にこのFPを滑りきらなくてはならない。
胸に置いていた掌の真ん中で、金色に輝く細い指輪。
4年前も今も自分を勇気付け、1人じゃないと強い気持ちにさせてくれる心強い味方達。
「ふぅ~~……」
大きく息を吐き出し、そして新鮮な空気を深く深く取り入れる。
“München2022”
純白の氷に浮かび上がる、五輪のシンボル。
その上に両膝を付いたヴィヴィは、ぐっと目蓋を瞑り、
――心を決めた。