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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第112章
耳に馴染んだフルートと、それを追い駆けるクラリネットの緩やかな旋律。
氷上に跪いたヴィヴィは左手に摘まんだ花を、右手で1枚 花弁を引き千切る仕草をする。
1枚目は強張った笑顔で、
2枚目は唇を引き結んだ固い表情で。
そして大きく首を振りながら、ゆらりと立ち上がる。
山なりの蛇行を繰り返すオーケストラの音色。
助走に乗るそのスピードはいつもと同じ速度を誇り、その顔にも強い意志が滲み出ている。
(絶対に、決める……っ)
大概のスケーターが嫌がる前向きの踏切から、ヴィヴィは常と同じ安定した軸で回り切り。
自分でも満点をあげたくなるほど完璧に、3回転アクセルを着氷した。
その瞬間。
どうしても心から拭い切れなかった不安が、一気に霧散した気がした。
(大丈夫。ヴィヴィは、出来る。
だって、あんなに毎日、寝る間も惜しんで練習してきたんだもの――)
弦楽器が奏でる、焦燥感を煽る小刻みな低い響き。
次の助走に入りながら両腕を伸ばしたヴィヴィは、ただただ振付を辿るに留める。
あえて『ジゼル』を演じない。
というか、
心を籠めて演じられる訳がない――“今のヴィヴィ” が。
スピードに乗り、後ろ向きに踏み切る。
3回転フリップ+3回転トウループ。
いつも飛ぶアクセルからのコンビネーションは、コーチと話し合った結果、そう変更した。
オーケストラが奏でる、悲劇的で重いフレーズ。
両手で頭を抱えたヴィヴィは、マーガレットの簡素な花冠を、震える指先で辿りながら俯き、
バックへと滑りながら、冷たい空気を掻き混ぜる様に、片腕をゆらゆらと泳がせながら降ろす。
チョクトー、モホーク、スリー、クロスロールと、ステップを踏んでから踏み切ったループ。
(あ……っ)
常と同じ感覚で踏み切った筈が、思ったよりも上体が傾いていたらしい。
「……――っっ」
右腰を襲った激痛に、ヴィヴィは咄嗟に息を呑む。
3回転を回り切れずに解けた身体が、硬い氷の上に叩き付けられていた。