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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第112章              

 そして、本当の最後。

 フライングからのキャメルスピン。

 軸足を折り畳みシットスピンへ。

 ジャンプで軸足を変えてレイバックスピン。

 締め括りのビールマンスピンは、回転数もぎりぎりの怪しいものだったが。

 全ての終わりを告げる、フルートの音色に、

 ヴィヴィは心の底から安堵し。

 虚脱しそうになる全身を叱咤しながら、左胸の下に両掌を上に向けて添え、

 ぜいぜいと切れる息を何とか堪え、

 震える目蓋を閉じ――俯いた。
 





 鼓膜を震わすのは、自分の荒い息遣い。

 ――だけじゃなかった。

 しんと静まり返ったリンクに、落胆の吐息と共に、さざ波の様に広がって行く励ます拍手。

 滑り終わってみれば、全身を襲う疲労で立っていることもままならず、

 氷の上に跪き、両手を付いてなんとか体勢を維持する。

 その瞬間、どっと身体中から冷たい汗が噴き出した。

 こめかみを伝う汗が気持ち悪くて、拳でぐっと拭うも、 

 そこにしていたマーガレットの花冠の存在を失念していた。

 止めていたピンが髪を引っ張り、その痛さにぎくりと華奢な身体が震える。

(起きないと……、立たないと……)

 19歳にもなって公衆の面前で――それも世界中の人間に見られながら、

 コーチ 兼 母におんぶされるなんて、冗談じゃない。
 
 ましてや、

 自分にとって何よりも神聖なリンクで嘔吐するなど、もってのほか。
 
 ヴィヴィの滑りを労う暖かな拍手が続く中、

 何とか立ち上がったヴィヴィは、両腕を上げて四方へと向かって深々と頭を垂れた。

 いつもなら感謝を込めて贈る礼が、

 今は謝罪の気持ちしか込められない。

「………………」



 生まれて初めて、ジゼルを羨ましいと思った。



 生まれつき心臓の弱いジゼルは、貴族のアルブレヒトの裏切りにショックを受け、狂乱の末に息絶える。

 けれど、自分は違う。

 身も心も捧げて愛している恋人が、

 もしかしたら自分を裏切っているかもしれなくて。

 しかももう、

 取り返しのつかない、

 後戻りの出来ないところまで来ているかもしれなくて。
 
 それらに対し、

 どれだけ驚愕し、混乱し、狂乱にまで至っても、




 自分は、この場で死んだりなんてしない――。




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