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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第113章          

 ただただ宙ぶらりんで、

 混乱と当惑だけを両腕で抱え、

 こうやって、朝比奈の慈悲に縋るしかない。

 兄とその恋人という女性は、

 確実に前へと進んでいるというのに――。





 全ての試験を終え、大学は春休みへと入った。

 それから1週間、匠海は姿を見せず。

 ヴィヴィは黙々と試合に向けての練習だけを重ね続け、
 
 そして、

 世界中が注目する、世界選手権へと突入してしまった。







 日本選手の五輪での活躍への期待と、引退を考えている選手達の花道として、

 日本スケート連盟が大金をはたいて誘致した、世界選手権2022。

 それはここ、埼玉スーパーアリーナにて開催された。

 3月13日(月)から始まった公式練習。

 14日(火)の女子シングルのそれに、ヴィヴィは参加する事になっていた。

 事前に聞かされていたとはいえ、観客を入れての公式練習はまれなことで。

 リンクサイドに足を踏み入れた途端、ヴィヴィは小さな顔を強張らせた。

 すぐに気付いたジュリアンが、その手を引いてバックヤードへと引き返し、廊下の隅へと連れて行く。

「ヴィヴィ。出るんでしょう? 試合」

 壁の角に押し込んだ娘の前に立ち、周りからの視線を遮断した母の言葉。

「はい……」

 ヴィヴィが急性胃炎で入院し、意識を取り戻した直後。

 コーチである彼女は心を鬼にし、確認してきた。

『世界選手権、棄権する?』

 ――と。

 試合まで2週間ちょっとしかない、その準備時間。

 もしヴィヴィが出場しないなら、全日本選手権の結果から、

 4位 川畑 トモエ(19)

 5位 本田 まりな(21)

 そのどちらかが、繰り上げで出場出来る事となる。

 彼女達にとっては又と無いチャンスであろうし、そして五輪に次ぐ国際大会の最高峰であるその試合に向け、心と身体を整える時間が必要となる。

 全体を見回して娘に確認してくる母の気持ちは充分解かり、ヴィヴィは答えたのだ。

『出ます、世選……。出させて下さい……』

 その言葉に嘘は無かった。

 その時点では。

 2週間もあれば匠海と向き合い、何らかの決着が付いていると思ったのだ。

 良くても悪くても、何らかの決着が――。

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