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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第113章
目の前のジュリアンを見つめる。
辛抱強く自分を待っていてくれるその人を前に、ヴィヴィは自分自身に問う。
(お兄ちゃんと どんな結果になろうとも、ヴィヴィにとっての “スケートの占める位置” は変わらないでしょう?)
ただの誤解で、匠海と今まで通りであれば、勿論スケートを続けて行くし、
匠海と離れる運命を受け入れなければならなかったとしたら、余計にヴィヴィにはスケートしかない。
(じゃあ、やる事は決まってるじゃない。もう、逃げるな――ヴィヴィ!)
無理やり自分に言い聞かせる。
本当のところは、あまりにも宙ぶらりん過ぎて、何も手がつかない状態なのに。
けれど時間は待ってくれない。
そういう厳しい世界に身を置いているのだし、
その選択をしたのは、他でもない自分自身。
自分には逃げ場所なんて、何処にも無いのだ。
長い睫毛を湛えた目蓋を下ろし、肺の息全てを吐き出す。
気持ちを切り替えろ。
自分の為すべき事を為せ。
悔しくないのか?
あんな無様な演技内容で、全ての幕を下ろすなんて。
悔しい。
悔しいに決まっている。
自分が情けなくて、口惜しくて、もう訳が分らなくなるほどに。
だったら、やることは一つだろう――?
逃げるな。
己と戦え。
ここで逃げたら、自分にはもう、
何処にも戦う場所なんて無い。
「………………」
薄い唇を開き、肺いっぱいに、腹いっぱいに空気を取り入れる。
本当は、山の新鮮な空気でも取り込みたいところだが、
如何せんここは室内で、しかも人通りの多い廊下だったりして。
ちょっと埃っぽくて乾燥していて、けほっと咽てしまった。
(かっこ悪い……)
いちいち決まらない自分に、ヴィヴィは内心苦笑する。
「かっこ悪くても、いいですよね?」
ふと口をついて出たその言葉に、
「ふふ。 “あれ” 以上にかっこ悪いことなんて、もう無いんじゃないかしら?」
咄嗟にそんな酷い返事を寄越す母。
「…………、ふはっ キツいなあ、もう……」
自分をまっすぐ見つめて苦笑する娘を、ジュリアンは待っていた。
「また、かっこ悪くなっちゃうかもですが、頑張りたいんです。支えて下さい」
自分の教え子がそう、恰好悪く壁をよじ登り、乗り越えて来るのを。