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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第113章
「いいわよ。今度こそ、おんぶしてやる!」
面白そうにほくそ笑むコーチに、ヴィヴィはげんなりした表情を浮かべて突っ込んでおいた。
「いえ……。係りの人に、タンカで運んで欲しいです……。そっちのが幾分かマシ……」
満席ではない会場での公式練習というのは、逆にヴィヴィにとって良い方に働いた。
本番でいきなり18,000人の観客に囲まれた中で演技をするのは、
五輪のFPの悪夢を呼び起こしそうで、正直怖かったから。
2週間掛けて戻してきた身体は、万全ではないけれど戦えるものだった。
アクセルやコンビネーションジャンプを何度も試し、氷と会場の感覚を掴む。
SPの音かけでは、本番を想定して本気で滑ってみた。
結果は目標の八割という出来だったが、悪くは無い。
「ちょっと、自信が付きました」
リンクサイドのコーチの元で、鼻を噛みながらヴィヴィは心の内を吐露する。
そんな娘に、ジュリアンは誇らしげに瞳を細め、頷いたのだった。
その後、日本女子シングル選手に対する記者会見が行われたが、ヴィヴィはそこには参加しなかった。
世界選手権が終わるまでは、話さない。
自ら宣言した事を変える気は無かったし、
それに今のヴィヴィが表立って喋れる事など、何も無かったから。
ISU(国際スケート連盟)主催大会の中で、五輪に次ぎ最も権威があり、その年度の覇者を決める大会――世界選手権2022が始まった。
3月15日(水)。
夕方から始まった男子シングル SP。
クリスのリンクサイドには、ヴィヴィは立たなかった。
クリスも妹の状態を分かっており、求めて来なかったし。
ヴィヴィはヴィヴィで、何だか双子の兄の足を引っ張る気がし、気が引けた。
2大会連続の五輪での金――そんな栄光の道を歩み続けるクリスは、キラキラ輝いた場所にいるのに、
周りの期待を踏みにじり、表彰台にも上れなかった自分が傍にいれば、
その淀んだイメージで、クリスが曇ってしまう気がしていた。