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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第113章          

 そして、3月16日(木)。

 16:00から始まった女子シングル SP。

 滑走順は抽選によるもので、牧野マネージャーに代行して貰っていた。

 32名参加中、第5グループの1番滑走(21番目)となったヴィヴィは、

 カメラの入って来られないロッカールームの隅で、1通の手紙を見つめていた。


『前略 篠宮 ヴィクトリア様

 浅春の候、如何お過ごしでしょうか』


 きちんとした書き出しの達筆な手紙の差出人は、他ならぬ高木 正勝。

 ヴィヴィのSP使用曲『girls』の作曲・演奏者からのもの。

 ドイツから帰国して数日後、試験期間中だったヴィヴィに届けられた。

 驚きと共にすぐに開封したヴィヴィは、それらを一気に読み泣きそうになった。

 五輪のSPを滑るヴィヴィが、本当に可憐で愛らしくて、

 そして、少女から女性への階段を1段1段、踏み締めながら登っている姿をも観られて、感動したこと。
 
 そこに何らかの決意を感じ、自分の曲がその一助となれている喜びがあったこと。
 
 ストレートに思った事をしたためられたその手紙には、しかし続きがあった。


『ジゼルを滑る君の姿が痛々しくて、

 何も助けてやれない無力感に苛まれた。

 一方で、君が何かに深く傷付き、

 狂気からか叫び出したいのを、

 必死に抑え込んでいる様に見えてならなかった。

 ヴィヴィちゃん。

 もしかしたら、今の君には『girls』を滑ることは、

 苦痛以外の何物でも無いのかも知れない。

 でもね、それでいいんだよ。

 あの曲は元々、即興演奏によるもの。

 毎回、奏でる自分の気持ちも体調も異なる為に、

 同じものは一つとしてあり得ない。
 
 そして、『girls』。

 この曲は、少女の無邪気さや喜びだけを表現したものでは無い。

 その中には哀しみも苦しみをも、色濃く投影されている。

 だから無理して微笑んで、

 可憐な曲のイメージに相応しくあろうとしなくていいんだよ。

 君の思う通り、君の感じる通り滑る姿を、

 きっと私だけではなく、周りの皆も望んでいると思う』
 

 たった一度会っただけのヴィヴィの事をこんなにも思い、一緒に傷付き、一緒に悩もうとしてくれている。

 その心根に深く感謝し、相手を慮る余裕を持ち合わせた彼に羨望した。

 
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