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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第113章
「どれだけ成長したんだよ? 五輪から」
「またあんなに転んで、世界中に恥を晒すのか?」
「もうこれ以上、日本の恥を上塗りしないでくれる?」
マーガレットの白い花冠を繋げた頭の中に響く、そんな有り得ない罵詈雑言。
この会場を埋め尽くすのはフィギュアファンなのだから、そんな酷い目で見ている観客はいないだろうが。
そう思い込むことで、ヴィヴィは自分を鼓舞する。
どうやったって、今のヴィヴィには『ジゼル』の気持ちにはなれないのだ。
ならば、吹っ切るしかない。
12個あるFPの要素――その全てを、完璧に熟してやる。
そうすれば、5コンポーネンツの “曲の解釈” で多少ポイントを取り損ねたとしても、
あの悪夢のFPの様な、惨めな演技にはならないであろう。
そうと決めたら、ヴィヴィは迷い無く衣装を手に取り着替え始める。
身支度を万全にし、ジュリアンを伴ってバックヤードへと出る。
しばらくし、順番が回ってきた。
係りに誘導され、コーチと共にリンクへと続く階段を登って行く。
すぐに180度 視界が開け、広大な会場を埋め尽くす超満員の観客が目に入った。
前の滑走者が滑る中、ヴィヴィは目蓋を閉じる。
(ごめんなさい、ローリー。こうするしかないの、許して)
頭の中で、このFPを必死に振付けてくれたカナダ人振付師、ローリー=ニコルソンに謝罪する。
だって、どうしても無理なのだ。
『ジゼル』とは、純粋な村娘が貴族に騙され、恋に破れて命を落とし、
精霊ウィリと成り果てても恋人を助け、朝の訪れと共に永遠の別れを告げるバレエ。
実はそのラストシーンは、初演台本と現行台本では、解釈が大分異なっていた。
現行では――
アルブレヒトを助けたジゼルは、自分の墓の前で2人きりで別れを偲ぶ、が、
初演では――
自分の墓前、アルブレヒトとその婚約者バチルドを前に、ジゼルは「バチルドに愛を捧げよ」と促し、
アルブレヒトが婚約者に向かって手を差し伸べるところ、で終わっている。
(冗談じゃ、ない……、ほんと、冗談じゃない――っ!!)