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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第113章
「……何、言ってる、の……?」
何とか言葉を絞り出した途端、ワンピースに包まれた背筋をぞくりと悪寒が走った。
「ヴィクトリア……。考えてもみろ、この俺がお前を手離す筈がないだろう? こんなにも惚れたお前を――」
「………………」
いつの間にか、涙は引っ込んでいた。
目の前の匠海の言動が、あまりにも想定外のもので。
論理展開が突飛過ぎて。
目の前のこの男は、匠海の皮を被った赤の他人か――?
そう勘繰りたくなるほど、異質で。
「胃はもう大丈夫か? 本当に悪かったね。こんなタイミングでは無く、シーズンオフになって落ち着いてから、俺の口から全てを話そうと思っていたのに」
硬直するヴィヴィの華奢過ぎる肩を、兄の大きな掌が辿り、
それはやがて肩甲骨の形を確かめるように這わされ、腰のラインへと降りて行く。
「少し痩せたな……。ごめんな、俺のせいで……。ああ、ずっとこうしたかったよ、ヴィクトリア」
謝罪の言葉を口にしながら、広く逞しい胸に抱きすくめてくる兄。
その愛おしい感触に、ふと思考が捕らわれる。
最後にこうやって抱きしめられたのは、何時だったろう?
ああ、2月15日――クリスのSPを観戦する為に、父と3人で降り立ったミュンヘン国際空港。
『クリスのこと、傍で支えてやってくれ。お前も頑張れよ?』
そんな暖かな言葉と共に抱擁を交わしたのが、最後、で――。
もう1ヶ月も前の事だった。
「………………」
鼻腔を擽るのは兄だけの香り。
血の気の引いた身体に心地良い体温。
頬に触れる引き締まった胸筋。
壊れ物を抱く様に背に這わされる両腕。
それら全ては、かつて知ったる愛おしい感触なのに。
耳元で囁かれるのは、欲して止まない声音なのに。
――違う。
それは、
他の女を惑わせた香り。
他の女に欲情した体温。
他の女に鼓動を速めた胸。
そして、
自分ではない他の女を抱いた腕――。
「……は……な、して……」
胸の中にすっぽり納まった妹の、弱々しい声音。