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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第113章          

 翌日、3月21日(火)。

 5時になっても寝室から出て来ない主に、執事は昨日と同じ言葉を扉越しに繰り返す。

 狂気の一夜を過ごしたヴィヴィは、人前に出られる状態では無かった。

 精神的にも、外見的にも。

 昼前、屍の様にベッドに突っ伏していたヴィヴィ。

 それでも生きてはいるので、生理的欲求はあり、

 のろのろとバスルームへ向かう。

 億劫そうに扉を開き、用を足す為に奥へと進む道すがら、

 鏡に映り込んだのは、自分じゃない誰かの気がした。

 金の髪はぐしゃぐしゃに絡まり。

 青白い頬は白い筋を刻み付け、粉をふき。

 赤く充血した虚ろな瞳はまるで、

 死の時を迎えた兎を連想させるそれ。

『ああ、もう……。お前は本当に可愛いね……』

 最愛の恋人に何度となく褒められた自分は、もうそこにはいなかった。

 その事が無性に哀しくて。

 また一筋零れる涙に、鏡の中の唇が醜い弧を描く。

 この涙が枯れ果てる頃、

 自分のこの苦しみは、少しは癒えているのだろうか。

 それとも命尽きるまで、

 自分は愛する人に裏切られた、この言い表せぬ虚しさを、
 
 心の中に飼い殺していくのだろうか――。





 夕刻。

 昼から何度声を掛けても反応しない主に、

 痺れを切らした執事は寝室のドアを開け放ち、実力行使に出た。
 
 昨日の昼から何も口にしない薄い唇をこじ開け、強引に水を飲ませたかと思うと、

 細い身体を抱き上げ、バスルームへと運び込む。

 洗面台の前に座らせ、掻き毟り過ぎてこんがらがっている金糸を、丁寧に櫛とブラシで解き。

 何度 湯を使えと耳元で言っても無反応の主の服を、丁寧に脱がそうとする。

 流石のヴィヴィもそれには気付き、自分で出来ると朝比奈をバスルームから追いやった。

 億劫そうに皺だらけのワンピースを脱ぎ捨てたヴィヴィは、湯を張られたバスタブに身体を弛緩させた。

 泣くという行為は、意外と全身を使うらしく。

 覚えの無い筋肉痛に、眉間が寄る。

 その微かな表情筋の動きにも、鈍い痛みを覚え。

(顔面、筋肉痛……? ウケる……)

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