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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第113章          


 けれど、そんな事はなくて。


 何度朝を迎えても、自分は独りで。

「ヴィクトリア」

 愛おしそうに呼んでくれる男は、どこにもいない。 
 
 そう。

 自分が愛していた “匠海” は、

 もうこの世からいなくなったのだ。
 





 そんな娘の状態を、いつも傍にいる母が気付かない訳がない。

 自分の目の前で毎朝 朝食を採りながらも、日に日に痩せ細っていくその身体。

 そして昼食も夕食も同席しているクリスの証言で、ちゃんと出された物は残さず食べているのも確かで。

「ヴィヴィ、あんた、まさか……、吐いてないでしょうね?」

 急性胃炎を二度も発症したヴィヴィが、まさか慢性胃炎になってしまっているのではないか?

 そう心配する母に、ヴィヴィは真っ直ぐその瞳を見つめ返して答える。

「吐いていません」

「本当に?」

「はい。誓って、吐いたりなんてしていません」

 ヴィヴィは頑なにそう主張する。

 だって、本当に吐いてなどいなかったから。





 そして今夜も、匠海は呪詛の言葉を吐きに妹の部屋へと訪れる。

「ヴィクトリア。本当にちゃんと食べている? 俺の事はどれだけ憎んでもいいから、食事と睡眠は採ってくれ」

「愛しているんだ、ヴィクトリア。お前の愛らしい身体が痩せこけていく姿、見たくないよ……」

 目の前の兄の瞳は曇っていて、

 自分の言動が妹をそうさせている事にすら気付かないらしい。

「お願い……おねがいだから、もう……」

 何もかもから自分を守るように、細い両手が金の髪ごと耳を塞ぐ。

「ヴィクトリア……?」

「もう、愛してるって、言わないで……っ」

 それは、ヴィヴィの心の叫びだった。

「………………」

 今の兄に愛を囁かれる度、過去が侵食されていく。
 
 それは、まだ自分の恋心にも無自覚だった頃、

 兄妹として過ごした、幸福な記憶までもを穢し始める。

 荒れ狂う風で風化させられ、

 叩きつける荒波で削り取られ、

 そうして搾取され続けた自分には、

 一体、何が残るというのだろう――。





 いやだ。
 
 もう、いやだ。

 疲れた。

 もう、

 精根尽き果てた。




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