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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第113章          

「遺書、残してるのか?」

「…………ううん」

 そんな物、何を書けばいいというのか。

 確認されるまま返事を寄越すヴィヴィは、どこか心ここに非ずで。

「日記は?」

「…………処分、した」

 PCで書いていた日記は、もう削除していた。

「懸命だ。じゃあ、もう思い残す事はない」

 勝手にそう結論付けた匠海は、満足そうに微笑む。

 その笑みが、本当に心底嬉しそうなもので。

「……――っ」

 躊躇して両手を離そうとする妹の手首を、兄は逃さず強い力で握り締める。

 そして誘導されたのは、匠海自身の咽喉の上で。

「ほら。もっと力込めて」

「………………っ」

「全然、苦しくない……。体重掛けて」

「……~~っ」

 手首を掴んでいた大きな掌が、細い腕を辿り、剥き出しの両肘を掴み上げ、

 妹の上半身を自分へと引き寄せ、体重を掛けさせる。

「そう…………、いい、気分だ……」

 そう夢見心地で囁く匠海の声が、掠れていて。

 両掌に感じるゴリゴリとしたものが、少しずつ動かなくなっていって。

 指の腹で感じる、脈打ち細動する肌から、

 自分の全身に伝染したそれが、俊敏に鳥肌をざわめかす。

「…………ゃっっ」

 絹を引き裂く細い悲鳴を上げたヴィヴィは、上体に掛かった体重を兄に跨った腰へと逃がし。

 恐怖に竦んだ細い肩の上、金色の髪を振り乱して必死に抵抗する。

「……ここまで来て、何を怖がっている? 俺はお前に殺されるなら、本望だ」

 真っ直ぐ自分を見据える瞳は、狂喜の色を映して――なんていなくて。

 ただただ、静かな光を湛えて見上げてくる様子は、何故か寂しげにも見えて。

「……――っ ……なん、で……っ」

 薄い胸がもう耐えきれないと叫び、

 切なさでやり切れない想いに、

 狭まった気道から零れ落ちる、哀しみだけの声。

「ヴィクトリアを、愛しているからね」

「………………」

 この期に及んで、また呪詛を繰り返す兄に、もう何も言葉が出なかった。

 ぐっと力を籠めて握られた手首に感じる圧迫感。

 強い瞳で見上げてくる兄を、ただただ放心状態で見下ろしていると、

「本当は、死ぬ気なんて無いんだろう?」

「……――っ!?」

(なん、で……っ)

 真相を突き付けてくる兄に、ヴィヴィは絶句する。

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