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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第113章          

 ここは、

 この別荘は、こんなにも波の音が響く場所だっただろうか。

 本能が危険を察知する様に、何故かすっと肝が冷え、

 バスローブ1枚の華奢な身体がぶるりと震え上がる。

 波が、潮騒が、塩気を含んだじっとりとした空気が、

 うねって、反響して、華奢過ぎる身体にねっとりと纏わりついてくる。

 気を抜けば、ふっと持って行かれそうな、

 一歩足を踏み入れると、引き吊り込まれそうな、

 そんな抗えぬ――誘惑。
 
 それでも何とか自分を保とうと、柵に置いた両掌に力を込める。

 目の前の景色は刻々と変化し、無情にも時を刻み続けていた。

 灰色から青味の深い紫色へ、

 そして紫の中にほんの少しずつ浮かび上がる、緋色に染まった薄い雲の層。



 17歳の自分が、声の限りに叫んでいた。



『そっか、死ねばいい?』

『分かった。じゃあ、あの海で死んでくる。そっか、魂が無くなれば、ヴィヴィ、本当にお兄ちゃんだけの人形になれるもの……』

『どこまで言いなりにさせれば気が済むの?

 どれだけ狂わせれば気が済むの?

 心だって躰だって全てお兄ちゃんにあげたのにっ!!

 そんな嘘を吐いてまで、まだ足りないって言うのっ!?

 まだ寄越せっていうの――っ!?』

『もう、ヴィヴィ……、あげられるものなんか何一つ残ってない……。

 もうこの命くらいしか、あげられるものない――っ!!』



 あれから2年も経つのに、

 その間、自分は一体何をしていたのだろう。

 兄を責める声音もその内容も、何ら変化は無く、

 自分なりに必死に前へと進んで来た筈の2年という時が、全く価値の無いものに成り下がった気がして。



『……ヴィヴィ、早く大人になるね……?』

『……え……?』

『早く大人になって、ヴィヴィがお兄ちゃんを守ってあげるの』



 その気持ちに嘘など微塵も無かった。

 2人の将来を、兄だけに背負わせたくなくて。

 父の役に、母の役に立てるように、

 親不孝を少しでも償おうと、自分なりに一生懸命だった。

 そして、

 他ならぬ兄の恋人として、生涯の伴侶として相応しくありたくて、
 
 分不相応な事にも試行錯誤、体当たりしてきたつもりだった。

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