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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第32章
ヴィヴィはそう言い訳しながらその手を掴もうとしたとき、リンクがざわざわと騒がしくなった。なんだろうと羽生から視線を外して辺りを伺うと、ちょうど視線の先の大きな液晶モニターに、氷の上で無様にすっころんで大股を開けている自分の姿がでかでかと写し出されているではないか。ジャンプに失敗したならまだしもただ滑っていただけで転んでしまうとは、スケーターとして如何なものか。
(は……恥ずかし……)
ヴィヴィはパッと頬を赤らめ、羽生の助けを借りてそそくさと立ち上がった。
「ケガない……?」
先のほうを滑っていたクリスが、心配そうにヴィヴィの元に駆け寄ってくる。
「お尻打っただけだよ。大丈――」
ヴィヴィは腰を押さえて背の高いクリスを見上げながら口を開き、大丈夫という途中で固まった。
視線の先、クリスのちょうど後ろ辺りの観客席の最後列にいたのは――、
「お兄ちゃんっ!!」
ヴィヴィが咄嗟に大声でその名を呼ぶ。ヴィヴィは思いがけずに出た大声にはっと口を掌で覆ったが、周りも騒がしいため誰も自分とクリスには注意を払っていないようだった。
「兄さん……?」
クリスがヴィヴィの視線の先を振り向いて、不思議そうに口を開く。
「あそこだよ、ほら! 6番出口の近く……あ、ダッドもいるよっ!」
興奮してクリスの顔の傍でめい一杯腕を伸ばして二人を指差したヴィヴィに、クリスも二人に気づき大きく手を振った。かなり遠く離れた二人は帰国のためが6番出口を通り抜ける一歩手前のところだった。きっとヴィヴィが転倒したことで会場中がざわめきだし、それに気づいた二人が「何事か?」とリンクを振り返ったのだろう。
ヴィヴィもクリスに負けじと、腕が千切れんばかりに両手で大きく二人に手を振る。ダッドもまるで手旗信号のように両手で大きく手を振りかえしてくれた。一方の匠海は片手をひょいと上げると微笑んで、こともあろうにそのまま出口を出て行ってしまった。
「行っちゃった……」
しゅんとしてそう呟いたヴィヴィに「明日会えるでしょ?」とクリスが優しく慰めてくれる。ヴィヴィは初オリンピックの初メダルで心が浮き立ち高揚していたが、匠海にとってはそれほどでもないのかもしれない。
(それとも、金メダルだったら……もっと喜んでくれたのかな……?)