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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第113章
安堂 瞳子。
その名は、結構有名だったりする――華道界に於いて。
草月流に入門し、師範を取得後、花装飾アシスタントを経て、独立。
伝統的な生け花の美学を元に、空間を生かすコテンポラリーなディスプレイやアレンジを手掛けており、
CM、広告や店舗ディスプレイを中心に活動中で。
そしてここ、リッツ・カールトン東京も顧客の1人だった。
今日のチャペルや披露宴会場は、彼女自身の手によるもの。
更に、天は二物を与えたらしい。
瞳子の家柄はやんごとなき旧華族――実家は高級住宅地に居を構える、生粋のお嬢様だった。
「クリス。試合明けで疲れてるところ、悪かったな?」
いつの間に傍に寄ったのか、すぐ近くで兄の声が聞こえ、
ヴィヴィの剥き出しの両肩が、本人にしか分からない程小さく震え上がった。
「ううん。もう、シーズンオフだからね……。兄さん、おめでとう……」
弟の祝いの言葉に返されたのは、ほっとした様子の匠海の声。
「ありがとう、クリス。……ヴィヴィ、は?」
双子の片割れの所在を確かめる言葉に、
「いるよ……」
そう呟いたクリスに、匠海が身動ぎして辺りを探す気配と「え?」と当惑した声音が届く。
「……ヴィヴィ……?」
兄のその声に、ヴィヴィはようやく夜景を見下ろしていた瞳を上げ、ゆっくりと背後を振り返った。
「ご結婚、おめでとうございます」
淀み無く発したその声は堅かったが、きちんとしたもので。
けれどその灰色の瞳はぼんやりと、大きめで形の良い唇しか映していなかった。
「ヴィヴィ……。誰か、判らなかった」
「………………」
匠海のその言葉に、ヴィヴィは何故かほっとした。
こうして良かった。
心底そう思いながらも、続ける言葉は無く。
「ヴィヴィ。来てくれて、ありがとう……」
その礼の言葉に、当然のセリフを続けるのみ。
「ヴィヴィは、お兄ちゃんの、妹だもの……」
「……ああ」
そう呟いた後、3兄妹の間には沈黙が落ちた。
その間も、匠海の視線が痛いくらい突き刺さっていた。
それはそうだろう。
背中の中程まであった美しい金糸の髪。
それが今や、漆黒に染め上げられ、華奢過ぎる肩を覆っているのだから。