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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第113章
黒く長い睫毛が、ゆっくりと降ろされていく。
視界を閉ざした暗闇の中、ヴィヴィは心の中で目の前の人に言葉を贈る。
(もう、貴方の愛した私はいません。
そして、
私の愛した貴方も、もういないのです)
深く息を吸い込み、薄い唇から零れたのは、
「どうか、幸せに――」
そこで途切れた言葉。
グレーのドレスの脇、両拳を握り締めながら、もう一度 息を吸い込み直す。
(ヴィヴィがあげられなかったもの、
瞳子さんなら、沢山お兄ちゃんにあげられるから。
だから、幸せになって。
お願いだから、幸せになって。
あんなに我が儘で、
あんなに貪欲に貴方を欲しがっていたヴィヴィが、
お兄ちゃんの事、諦めるんだから。
だから――)
きっと目蓋を開いたヴィヴィは、顔を上げて目の前の人間を睨み付ける。
「幸せにならないと、絶対に許さない――っ」
強くきつい口調だったけれど、それでもヴィヴィが兄に贈ったのは、相手の幸福を祈る言葉。
漆黒のタキシードを身に纏った匠海が、強張った表情で自分を見据えていた。
その端正な顔に浮かんでいた表情は、一体何だったのか。
それはもう他人のヴィヴィには、計り知れなかったが。
ふいと背を向けたヴィヴィから、しばらくして兄の去って行く足音がしていた。
そしてこれが、
ヴィヴィが兄の『顔』を見た、最後となった――。
木の温もりとエメラルドグリーンのクリスタルレリーフが印象的な、落ち着いたチャペル。
祭壇を背に立つ司祭の前、新郎は立っていた。
9頭身の背格好に映える、漆黒のロングタキシード。
最前列に座る父と母。
その後ろに着席した、双子、英国両家の祖父母達。
バージンロードを挟み、反対側に腰を下ろしているのは、当たり前だが安堂家の親族やその友人達。
ちらりとそれを一瞥したヴィヴィは、また視線を匠海の後ろ姿へと戻した。
オルガンの厳かな響きが、天井の高いチャペルの中に木霊し。
そして開かれた大きな扉の先にいる筈の、実父に手を引かれる瞳子の姿。
皆と同じく立ち上がったヴィヴィだったが、そちらは見ていなかった。
ただずっと、兄の後姿をぼんやりと見つめていた。