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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第113章          

 そこから先は、正直 覚えていなくて。

 ただ、その時、

 ヴィヴィの小さな頭の中では、たった2ケ月前に交わした、兄との会話をなぞっていた。



『お兄、ちゃん……』

『ん?』

『……あの、ね?』

『何だい?』

『……えっと、もし、もしだよ? 金メダル、獲れたら……』

『獲れたら?』

『……ん、ヴィヴィ、お兄ちゃんから欲しいもの、あるの……』

『え? 欲しいものって、何?』

『……秘、密……』

『どうして?』

『……獲れなかったら、すっごい間抜け……だもん』

『ははっ 別にどんな結果になっても、ヴィクトリアの欲しい物だったら、何だって買ってあげるよ』

『ん~ん。金、獲れたら……』

『個人戦で?』

『分かった。じゃあ、是非プレゼントしたいから、頑張っておいで』

『うんっ』



 ヴィヴィ1人が追憶に微睡んでいた中、式は着々と進んでいたらしく。

「皆さん、ご起立を願います」

 司祭のその声掛けに気付かぬ妹を、隣のクリスが優しく立つように促す。

「皆さん、これをもちまして、篠宮 匠海さんと安堂 瞳子さんの結婚式を終了致します。お二人の新しい門出を祝し、喜びの内にお送り致しましょう」

 終了を宣言する言葉に、「え……?」と狼狽えたヴィヴィの声は、その後に続いたオルガンの演奏に掻き消された。



 チャペルを退室し、ヴィヴィは化粧室の姿見の前にいた。

 青白い顔を取り巻く、長い黒髪。

 黒のレースと灰色の石で造られたチョーカーを巻いた、頼りなく細い首。

 そして、より貧相になってしまった胸部分は、黒のレースでびっしりと覆われたベアトップ。

 ハイウエストの胸下から緩やかに床へと落ちる、グレーの柔らかなスカート。

 裾が床に着くイブニングドレスは、左斜め前にだけ何層にも寄せられた襞が繊細に重なり。

 そこにグレーの薔薇が、幾つか配されていた。
 
 金髪のままだったら左程感じなかった、その色味の暗さ。

 今は耳上のグレーの薔薇飾りを着けただけ、下ろされた長い黒髪の自分が纏うと、何だか死神の様にも見えて。

 鏡の中の薄い唇が、滑稽そうに浅い弧を描く。

 その上の灰色の大きな瞳は、目蓋の中にゆっくりと隠されていく。

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