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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第113章
「全然、無茶じゃない……。っていうか、ヴィヴィ……」
「ん……?」
完全に冷め切ったカフェオレ・ボウルを拾い上げながら、ちらりと目の前のクリスに視線をやれば、
「日本に還りたくない、くせに……」
「……――っ」
そのクリスの指摘に、ヴィヴィはぐっと息を飲む。
強張った細い両掌の中、カフェオレが不穏に波打っていた。
「日本で……、あの松濤の屋敷で、ヴィヴィは本当に、勉強とスケート、打ち込める……?」
「………………」
ボウルをテーブルに戻し、沈黙したまま俯く妹に、兄は更に続ける。
「無理だよ……。このままあそこにいたら、ヴィヴィは絶対に駄目になる……」
「……なん、ない……」
弱々しい声で、そこだけは否定したヴィヴィだったが、
「いや、なるよ……。自分を裏切った人間が、すぐ傍で幸せそうに暮らしている……。そんなの、耐えられる訳ない……」
“自分を裏切った人間”
尊敬する実の兄のことをそんな風に揶揄するクリスに、ヴィヴィは哀しそうな表情を浮かべ。
そして、図星を刺されてしまった事に押し黙る。
今の匠海から離れたいし、
自分が傍に居ない方が良いという気持ちは、変わらない。
けれど、自身では具体的な方法が浮かばなくて、実行に移せなくて。
そんなヴィヴィを見兼ねて、クリスは英国留学へと誘ってくれているのだろうが。
「……もう、甘えたく、ない……」
両手を組んだその中に、ヴィヴィは押し殺した声で呟く。
「ヴィヴィ……」
自分の手を握ってくるクリスに、ヴィヴィはふるふると黒い頭を振る。
「もう、クリスの重荷に、なりたくないの……」
ヴィヴィのその言葉に、クリスは微かに溜め息を零し、
「あと1時間、滑ってくる……。待ってて……」
そう言い置き、また1階のリンクへと降りて行ってしまった。