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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第113章          

 それでも時間は止まってくれない。

 月日は自分を待ってなんていてくれない。

 帰国すれば今迄通りのヴィヴィを演じ、耐え続ける日々が待ち構えている。

 クリスの提案を受け入れれば、匠海から離れられるし、

 本当は無気力な自分を誤魔化しながら、生活する必要も無いだろう。
 
 けれど――、



『もう……、自分の脚だけで、立ちたいの……』



 今から3週間前、クリスに対して自分はそう言ったのだ。

 『僕に甘えればいい』と、慈悲の言葉を与えてくれた、その人に対し。

 けれど、ヴィヴィのその言葉も嘘じゃなくて。

 両膝の間に顔を埋め、深い息を吐くヴィヴィに対し、

 クリスは磨き終えたスケート靴を片しに行き、その隣に腰掛けた。

「もう充分、ヴィヴィは頑張ったよ……」

 そう囁くクリスの声音は、慈愛に満ちていて。

「日本だと、凄く生きにくそうに見えた……」

 頭を撫でてくれるその掌は、途轍もなく暖かくて。

「これは『逃げ』なんかじゃ、ないよ……」

 その核心を突いた言葉に、細い肩がびくりと跳ね。

 ゆるりと持ち上げられた白い顔を、クリスが覗き込んでくる。

「誰だって、壁にぶち当たる時はある……。誰にだって、立ち止まって、動けなくなる時はある……。ヴィヴィ……。これは『逃げ』なんかじゃないし『甘え』でもないよ……」

「………………」

 そうは言っても、ヴィヴィがクリスに甘えているのは確かで。

 踏ん切りが付かなくて、ふるふると黒い頭を振るヴィヴィの頬をクリスの両掌が包み込み、自分へと向かせる。

「前に、言ったよね……。僕……」

「……――っ」

 灰色の静かな瞳に見据えられ、脳裏を過ぎった言葉に、ヴィヴィは息を呑む。



『応援も妨害もしない。

 ただ覚えていて――?

 どんな結果になっても、僕はヴィヴィの傍にいる』



 クリスがヴィヴィの裏切りに気付いた時、

 最終的に彼はそんな言葉を贈り、出来損ないの妹を許してくれていた。

「僕は……ずっと、ヴィヴィの傍にいるよ……」

 囁かれた言葉には、聞き覚えがあった。

「……ずっと……?」

「うん……。ヴィヴィが「嫌だ」って言っても、ずっと、ずっと傍にいる……」

 けれど、自分に永遠を誓ってくれた男は、あっさりと自分を捨てた。

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