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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第113章          

「ありがとうございます、コーチ……」

 そうきちんと言葉にして、感謝の気持ちを現わしたクリスに対し、

「あ、あり……がとっ ござい、まっ ……~~っっ」

 もはや号泣してしまったヴィヴィは、何もかもぐちゃぐちゃだった。

「あははっ なあ~に、泣いてんのよ? それにね、あんた達が巣立ってくれて、嬉しくもあるのよ?」

 ケタケタ笑うジュリアンの、その思いがけぬ言葉に、

「「え……?」」

 双子が互いに大きな灰眼を丸くして、目の前の母を見つめる。

「ふふ。だって、私。

 やっと “ただの母親” になれるんでしょう――? 」

 そう言って笑った母の表情は、

 やっと成人して巣立って行く子供達に安堵する、母親のものだった。






 その日の内に、チーム双子の面々には渡英の事実が伝えられ。

 その翌日、4月18日(火)には、東大へ休学届を提出に行った。

 スケ連へ報告に伺った際は、何故か幹部の面々に複雑な表情をされ。

 それでも双子の意思を尊重し、新たな門出を了承してくれた。

 午後からは、当初から予定されていたスポンサーのCM撮りを行い、深夜までリンクでのレッスンを経て。

 帰宅したヴィヴィの元には当然の成り行きか、匠海が訪ねて来ていた。

 双子の渡英を、会社で父から伝え聞いたのだろう。

 人払いをした匠海は、己の書斎で妹に懇願してきた。

「頼むから、俺の結婚が理由で、日本を出て行かないでくれ」

 会社から直行したらしい。

 グレースーツの胸元だけを見つめ沈黙するヴィヴィに、なおも匠海は言葉を重ねる。

「ヴィクトリア……。お前が俺の傍にいられなくてオックスフォードに行くのなら、俺がロンドン支社へ行くから」

 その兄の言葉は、ヴィヴィの上を素通りしていた。

 ヴィヴィの瞳は、ずっと目の前の逞しい胸から下にしかなく。

 そして気持ちと共に徐々に降ちていく灰色の瞳は、その左手で留まる。

(どう……して……)

 何も嵌めていない左手が持ち上がり、自分の方へと伸ばされて来る。

 その長い指先が丸みの残る頬に触れる寸前、

「自惚れないで」

 薄い唇から放たれたのは、小さいけれどはっきりとした拒絶の言葉。

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