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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第33章
「ヴィヴィ」
自分の名を呼ぶ少し低くよく通る声。
ぱっと振り向いたヴィヴィはその声の主――匠海と視線がかち合い、息を呑んだ。大学帰りに会社に寄ったらしい匠海は濃紺にグレーのストライプが入ったシックなスーツに身を包んでいる。
「お兄ちゃん……」
ヴィヴィの心臓がとくんと跳ねる。5日ぶりに会えた匠海に心は飛びつきたい程舞い上がっているのに、なぜかヴィヴィの足は大理石に根が生えたかのようにビクとも動いてくれない。
匠海は傍に控える自分の執事――五十嵐に皮の鞄を預けると、ヴィヴィの方へと歩を進めてきた。その端正な顔にはいつも通りの優しい微笑みが湛えられている。
「おかえり、ヴィヴィ」
そう短く発した匠海は少し腰を屈めると、20センチ低い妹の体に片腕を回して軽く引き寄せるとその肩を抱いてポンポンと叩いた。ヴィヴィの両肩に温かい匠海の体温が伝わってくる。団体戦の表彰式の後、匠海からのメールを見て一秒でも早く辿り着きたかったその腕の中――。
「………………っ」
(お兄ちゃん……会いたかった……っ!)
ヴィヴィはもっと抱きしめてほしくて両腕を匠海へと伸ばそうとしたその時、匠海の体がすっとヴィヴィから離れた。
(え……?)
一瞬といっても差し支えないぐらいの短い抱擁に、ヴィヴィは戸惑って目の前の匠海を見上げたがその瞳はヴィヴィではなく父に注がれていた。
「昨日はダッドが『私もクリスの個人戦が終わるまで、ここに残る!』って言い張って、日本に連れて帰るの大変だったんだぞ?」
「そ、そうなの……?」
匠海の言葉に、ヴィヴィは自分のもやもやした気持ちを押し込んで兄から父へと視線を移す。
「愛する子供の晴れ舞台のためなら、仕事は何日でも休んだっていいんだっ!」
大企業のトップとは思えぬ父の発言に、その子煩悩ぶりを知る家令や執事達が小さな声を立てて笑う。
「試合の日以外は駄目です。四半期決算間近に代表がいないと、下の者が迷惑します」
珍しく屋敷という家族の空間において仕事モードで父に突っ込む匠海に、ヴィヴィは少し驚いた。
「あ……ごめんなさい……今、会社忙しい時期なの?」
日帰りで日韓間を行き来できるとはいえ、多忙な時期に無理をして仕事を休ませてしまったかとヴィヴィは不安そうに口を開く。